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思いがけない訪問

イタリア人画家カラヴァッジョ(1571-1610)は、聖人を描くときに、普通の労働者をモデルにしました。それで、絵を見る人たちは、自分が絵の一部のように感じたのです。「エマオの晩餐」は、立っている宿屋の主人の横で、自分たちと食卓をともにしている人が復活されたイエスだと気づいたふたりの弟子を描いています (ルカ24:31)。ひとりは椅子に手をついて立とうとし、もうひとりは驚きのあまり両手を大きく開いています。

決して見捨てられない

ロシアの作家ドストエフスキーは、「その社会の文明の程度は、刑務所に入るとわかる」と語りました。それを念頭に置いて、「世界の劣悪刑務所ワースト8」というオンライン記事を読むと、受刑者全員を独房に監禁している刑務所がありました。

死亡告知記事

スティグ・カーネル氏は亡くなる前、新聞の死亡告知欄には普通のようにではなく、「私は死んだ」と簡潔に記して欲しいと葬儀屋に頼みました。そして彼が92歳で亡くなると、そのとおりになりました。ところが、このまれにみる単純で大胆な死亡告知は世界中の新聞社の目に留まり、こんなことをした人はどんな人だったのだろうと、国際的な注目を集めました。それは本人が予想だにしなかったことです。

オリーブ搾りの石

ガリラヤ湖畔のカペナウムの村を訪れると、古いオリーブ搾りの石を見学することができます。玄武岩で掘られたこの石は、二つの部分、土台の臼とぐるぐる回す輪から成り立っています。臼は大きくて丸く、内側が削り取られて桶のようにくぼんでいます。このくぼみにオリーブの実を入れ、その上に重い石の輪を転がして、油を搾ります。

小屋についての物語

その高級感ただよう古いログハウスは、主人が自ら切り出した木で建てられ、雑誌の表紙を飾るにふさわしいものでした。しかし、それは価値ある宝の半分にすぎず、もう半分は室内にあります。壁には数々の家宝が飾られ、食卓には手編みの籠や骨董の盆、ランプが置かれていました。玄関の戸には古い帽子がかけられています。「ここにあるすべての物には物語があります」と家主は自慢げに語りました。

最高の時はこれから

私たち家族にとって、3月は単に冬の終わりというだけでなく、大学バスケットボールの季節です。これは「3月の熱狂」と呼ばれ、事実、私たちのような熱狂的なファンは、テレビで試合を観戦してお気に入りのチームを応援します。早めにテレビをつければ解説者が試合の見どころを語っていますし、選手たちが身体をならしたり、シュートの練習をしたりしているところを見ることもできます。

水が頬を赤く染めるとき

百聞は一見に如かずと言いますから、カメラやビデオの発明後にイエスが来られたなら、もっと多くの人が信じたのではないでしょうか。しかし、ラビ・ザカリアス牧師は、そうではないと言います。彼は、言葉は何千枚もの写真に勝ると言い、その例としてクラショーの詩の一節、「意識ある水は自らの主を見て頬を赤く染めた」を挙げました。たった一行でイエスの最初の奇跡(ヨハ2:1-11)の神髄が示されました。大工が水を葡萄酒に変えることはありません。水はイエスが己の創造主だと分かったのです。

知らないふりはやめる

どうやって私のことを調べるのか、退職金の運用を指南する講演会の案内が、次から次へと送られて来るようになりました。数年前から始まったのですが、どれも「老後の備えはしていますか」と告げています。今までは無視してきましたが、どれかに参加する日も遠くないでしょう。行動しなくてはならない時が来たのですから。

前向きな繰り返し

あるジャーナリストには、青いペンを使わないという奇妙な癖がありました。ある日、同僚が「買い物に行って来ますが、何か必要なものはありますか?」と尋ねると、ペンをお願いしたいが、「青以外を」と言いました。「青はいらない。青は嫌いだから。青は重すぎる。ボールペンを12本、買ってください。でも、青はいらないから」と言いました。さて翌日、同僚がボールペンを持って来ましたが、なんと全部青でした。説明を求められると、「だって、青、青って何度も言うから。それだけが印象に残っちゃったんですよ」と弁解しました。言葉の繰り返し効果は、てきめんでした。しかし残念ながら、狙った効果の逆でした。