神はともに歩まれる
デイビッド・ディラード氏は、若い建築家たちが顧客の必要を理解できるようにと、彼らに「宿泊体験」をさせました。USAトゥデイ紙によると、彼らは80代や90代の人たちの身体の状態を再現して、パジャマ姿で24時間、高齢者住宅で過ごしたそうです。耳を聞こえにくくする耳栓をし、指が動きにくいようにテープを巻き、視力の問題を再現するメガネをつけました。ディラード氏は語ります。「最大の収穫は、彼らが10倍も大きな心の持ち主になって帰ってきたことです。彼らは高齢者たちとふれあい、苦境を理解したのです。」
あふれる平安
体操クラスの知り合いが、「あなたが修養会をリードしても驚きません。あなたには良いオーラがありますから」と言いました。驚きましたが、とても嬉しかったです。なぜなら、私の内に見たオーラというのは、キリストの平安だと分かっているからです。イエスに従っていくなら、理解を超えた平安が与えられ(ピリ4:7)、自分では気づかなくても内から外に向かって光り輝きます。
羊のようだ
ガーナ北部で祖父と一緒に生活していたとき、私に与えられた家の手伝いは、羊の世話でした。毎朝、羊を牧場へ連れ出し、夕方には戻します。このとき初めて、羊の強情さを知りました。例えば、畑を見ると必ず入って行こうとするので、私は幾度となく農家の人たちに叱られました。また、暑さと疲れで木陰で休んでいると、羊たちは散り散りに繁みに入って、丘に向かって行きます。後を追いかけると、足が引っかき傷だらけになりました。羊が危険な目に遭わないようにするのは、本当に大変でした。羊泥棒が、さまよう羊を狙って襲うようなときは特にそうです。
心配ない
快適な空の旅が中断されようとしていました。機長のアナウンスで、飲み物サービスが止まり、シートベルトを閉めるように言われました。まもなく、飛行機は高波に揉まれる船のように揺れだしました。乗客はみな、懸命に乱気流に耐えていましたが、ひとりの小さな女の子だけが平然と本を読んでいました。着陸後に、なぜあんなに冷静だったのかと問われると、その子は言いました。「パパは機長よ。私をおうちに連れて帰るの。」
どうして私が
ルツは外国人で、夫と死に別れ、貧乏でした。今日ならば、世界のほとんどの場所で、将来に希望の持てない、世間に無視されてしまう人かもしれません。
こぎつづけよう
私はC.S.ルイスの「ナルニア国物語」に登場する、勇敢な物言う小さなねずみ、リーピチープが大好きです。彼は「東の果て」に行き、キリストを象徴する偉大なライオン、アスランに会おうと決心して、こう宣言します。「わたしは、朝びらき丸でできるかぎり東へまいります。船がいけなくなりましたら、わたしの皮ばりの小舟に乗ってこいでまいります。あの小舟が沈みましたら、この四つ足をつかって東へおよぎます。そしてアスランの国につかないのに…これ以上泳げない時がきましたら、せめて日のさすほうに鼻づらをむけて、沈みましょう。」
神の住まい
ジェームズ・オグルソープ(1696-1785)は、イギリスの軍人で下院議員、そして、都市建設のビジョンを持っていました。それで、北アメリカジョージア州の入植地の統治を任されると、自分の構想にそってサバンナという町を建設しました。緑地帯を備えた一連の広場と教会や商店が並ぶエリア、そして住宅地です。オグルソープの先見性が、今も残るこの南部アメリカの美しい町を作りました。
偉大な文学
偉大な文学の条件は、読者を変えられるかどうかだという論評に、最近出会いました。この観点から見ると、聖書は常に偉大な文学です。
満足をくれるパン
小学生のときに「主の祈り」を暗唱できるようになりました。そして、「私たちの日ごとのパンをきょうもお与えください」(マタ6:11参照)というくだりでは、本当にパンを思い浮かべました。我が家にパンがあるのは、父が町に行ったときだけでしたから、毎日パンを食べられるように祈ることは、私にとって理にかなうことでした。