ノーと言ってイエスと言う
◆ エゼキエル書5-7
◆ ヘブル12
義を行わない者はだれも、神から出た者ではありません。兄弟を愛さない者もそうです。―Ⅰヨハネ3:10
私たちは手を洗って汚れやばい菌を落としますが、実は、それをしているのは「私たち」ではありません。厳密に言うと、それは「石鹸」であり「水」です。しかし手をきれいにしようとしたのは「私たち」であり、そのために「石鹸」や「水」は使われます。
どこから始めればいいの?
◆ エレミヤ書48-49
◆ ヘブル7
苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。
―詩篇120:1
何年か前のことですが、高速道路を走っていたら、突然エンジンが止まってしまったことがありました。車を路肩に寄せて停車させ、外に出てボンネットを開けてみました。そして、エンジンを見つめて考えました。「こんなことをしても、どうしようもないわ。車のことは全く分からないし、どこから手をつければいいのかもわからない。」
特別の美徳
◆ エレミヤ書46-47
◆ ヘブル6
御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。― ガラテヤ5:22-23
メリッタ・アダムソンの著書「中世の食物」は、中世ヨーロッパの美食について書かれています。鳥獣肉の料理、ペーストリー、プディング、その他、数々のグルメ料理は、それを作り出す創作的な喜びを表しています。しかし、この食生活には過食という問題がありました。またこの問題は、教会行事と相まって悪化しました。というのは、教会の暦には断食と断食開けの祝宴が頻繁にあり、祝宴は「めちゃ食い」傾向にあったからです。
目標を高く掲げて
◆ エレミヤ書43-45
◆ ヘブル5
完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
―Ⅱコリント13:11
娘の家族が帰省したとき、彼女の夫、別の義理の息子、そして息子と4人で出かけました。女性たちが買い物をしている間、男たちは射撃場に行き、ピストルを2丁レンタルして的を狙いました。しばらく撃っていると、片方のピストルは、照準が低すぎることに気づきました。この照準で狙うと、的の下の方に弾が当たります。ですから、的の真ん中に命中させるためには、高いところを狙わなければなりませんでした。