悩める者に安息を
私はチャールズ・ディキンズ作の「デイヴィッド・コパフィールド」の一場面が大好きです。それは、主人公のデイヴィッドを虐待した性悪な義父マードストンと、気骨ある伯母ベッツィ・トロットウッドがやりあう場面です。
移行
ガーナではよく、死亡告示を掲示板やコンクリート塀に貼ります。「早すぎた死」、「大往生」、「衝撃」などと見出しをつけて家族の逝去を伝え、葬儀を告知します。そんな中に「移行」という見出しがありました。向こうの世界があると示しているのです。
やめるな
フローレンス・チャドウィックは1952年、カリフォルニアの海岸からカタリナ島まで約42キロを泳いで横断しようと試みました。しかし、15時間後、濃霧に視界がさえぎられると方向感覚を失って、断念せざるをえませんでした。悔しいことに、ゴールまでわずか1.6キロでした。
神の前に出る
電話やEメールがない時代、電報は最も速い通信手段でした。しかし、それは緊急時だけに使われ、大抵は悪い知らせを届けるものでした。「電報配達人は悪い知らせを持ってくる」と、ことわざができたほどです。
神のときを待つ
南アフリカの牧師アンドリュー・マーレーは、イングランドに滞在していた1895年、持病の腰痛が再発して苦しみ、静養していました。あるとき、滞在先の女主人が、大きな問題を抱えた女性が助言を求めていると告げました。マーレーは言いました。「これを渡してください。自分を励ますために書いたものですが、彼女のためになるかもしれません。」そこには、以下のように書かれていました。
山からの眺め
私たちはアイダホ州の渓谷の町に住んでいますが、ここは冬にはかなり冷えます。雲が低く垂れ込め、地面まで霧におおわれるので、上空の暖かい空気がさえぎられて入ってきません。しかし、この寒さから脱出する方法があります。近くに、標高2,300メートルのシェーファー・ビュート山の、山肌を周りながら登っていく道があるからです。車でたった数分行くだけで、濃い霧の世界を抜けて、光り輝く太陽を浴びることができます。眼下には雲海が広がります。新しい視点で谷を見るのです。
信仰の声
彼女は、あふれる涙をどうすることもできません。疑問や恐怖が大波のように押し寄せてきました。順風満帆だった人生が突然壊れて、全てが変わってしまったのです。悲劇は、色々な形でやって来ます。家族と死別したり、病気になったり、財産をなくしたり、仕事を失ったり…。それは、いつ、誰にでも起こり得ます。
疑問が残るとき
テスト飛行中の宇宙旅客機が2014年10月31日、モハベ砂漠に墜落しました。操縦士は奇跡的に助かりましたが、副操縦士が亡くなりました。事故の全容は分かりません。新聞記事の見出しは 「疑問が残る」でした。
安息への招待状
救急病棟に入院した友人が、ベッドの横で他の患者たちが痛みにもだえ苦しむ声を聞き、心が動揺しているのが分かりました。彼らのために祈りながら、私は改めて人生のはかなさを思いました。古いカントリーウエスタンの歌詞が思い浮かびました。私たちはただ、この世を通り過ぎていくだけなのです。