Category  |  試練

恐れ知らずのチャンピオン

子どものとき、眠ることは大変な仕事でした。親が部屋の灯りを消して出ていった途端、イスの上にしわくちゃのまま脱ぎ捨てた洋服は、口から火を吹く竜の形になります。ベッドの下にも何かがいるような気がしてドキドキしました。そんなこんなで、怖くて眠れなかったのです。

きまりが悪い時

パトカーの回転灯が回っていたので、交通違反の車が道路わきに止められていることに気づきました。違反キップの綴りを手に警察官がパトカーに戻っていったとき、その車の運転席で、きまり悪そうに途方に暮れているドライバーが見えました。彼女は知り合いに気づかれるのを恐れてか、顔を手で覆っていました。それを見て、自らの過ちとその報いを人目にさらされるのは、実にきまり悪いものだと改めて気づきました。

大災難日誌

イヴ・コンガールが10歳になったばかりのころ、第一次世界大戦が始まりました。ドイツ軍がフランスに侵攻し、彼の住んでいた町は占領されました。そんなとき母は、日記をつけてはどうかとイヴに勧めました。この日記は結果として、ドイツ軍占領下にあった町の生活をカラースケッチと物語でつづる、分かりやすい戦時記録になりました。彼の日記は、子どもの目で見た大災難の記録です。この体験は彼に大きな影響を与えました。イヴ・コンガールは、自分は神に召されており、キリストの希望をみんなに届けなければならない、と感じるようになりました。

父のことばを覚えていた

ジム・デビッドソンはレーニア山を下山中、スノー・ブリッジが崩れてクレバス(氷の壁のひび割れ)に落ちました。暗い氷の壁の狭間に傷だらけで立っていると、子どもの頃の思い出がよみがえってきました。逆境に負けずに突き進めば、大きなことを達成できると、何度も語ってくれた父親のことです。その言葉がその後の5時間、ジムを支えました。不十分な装備で切り立つ氷の壁を這い上がり、暗黒の世界から生還したのです。

ふたつの勝利

またもや、あの人たちが攻めてきました。昔、まだ若い羊飼いだった頃、ダビデはペリシテ人の最強戦士だったゴリヤテと戦いました。石投げを使って戦い、巨人ゴリヤテを絶命させました(Ⅰサム17章)。今やダビデは、イスラエルの王です。ペリシテ人は、ダビデが王になったと聞きました。そこで彼の命をねらって、またもやイスラエルに攻め込んできたのです(Ⅱサム5:17)。

嵐の中の神

その日は早朝から風が強く、小石が降ってでもいるかのような大きな雨音が屋根から聞こえていました。窓の外をみると、黄みがかった灰色の空の下で木々が強風に揺さぶられています。時折、稲妻が空をパッと照らし、骨まで響くような雷鳴がとどろきます。家の電気が消えたりついたりして、この悪天候はいつまで続くのだろうと不安でした。

失って見出す

世界の人々は1997年、マザーテレサの訃報に接して、その謙虚な生き方に改めて感動しました。彼女は、インドのカルカッタに「ミッショナリーズ・オブ・チャリティー」(神の愛の宣教者会)を設立し、50年の間、貧しさと病と孤独の中で死を迎える人たちに手を差し伸べてきました。

いつまでですか?

サウル王は9年間、「山で、しゃこを追うように」ダビデを追っていました(Ⅰサム26:20)。ダビデは、「主よ。いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。…いつまで敵が私の上に、勝ちおごるのでしょう」と祈りました(詩13:1-2)。

終わり?

世のすべてのものには終わりがある、というのは、時として辛いことかもしれません。おもしろい本を読んでいると、終わってほしくないと思います。もうすこし長ければよかったのにと、映画を見終わって思うこともあります。