嘆きから礼拝に
キムは、2013年、乳がんの治療後4日目に、病気は肺に転移していて3年から5年の余命だと言われました。最初の1年は悲嘆にくれ、涙ながらに神に感情をぶつけていましたが、私が出会った2015年頃には、すでにすべてを神にゆだね、喜びと平安で輝いていました。もちろん辛い日もありますが、他の人を励ます中で、悩みや苦しみは、次から次へと希望に満ちた神への賛美の証しに変えられています。
困難の中で喜ぶ
友人の留守電は「素晴らしい一日を!」と言いますが、自力で毎日を「素晴らしい日」にすることはできません。惨めな状況に置かれることもあるでしょう。しかし考えてみると、物事が順調か否かにかかわらず「人生は捨てたものではない」と感じる美しい瞬間が、どんな日にもあるように思います。
屈しない勇気
大きなホテルの前に1970年代のある日、年配の人が集まり、少し若い人が走り回って荷物の世話をしていました。「あの人たちは?」と尋ねると「牧師たち」との答え。「で、あの若い人は?」と尋ねると、「あれはマルティン・ニーメラー牧師。80歳です。彼は何も恐れないので若々しいのです」と答えたそうです。ドイツの大半の牧師はヒトラーに屈しましたが、神学者でもあったマルティン・ニーメラー師は、勇敢にナチスの悪に抵抗しました。
予定が狂う
もう遅刻なのに「うそでしょう」と思いました。渋滞の警告が出ています。車の流れが次第に遅くなりました。もう笑うしかありません。私は、自分の予定に沿ってものごとが進むと思っていました。道路工事は想定外です。
すっかりきれいに
英国の技師エドワード・ネアーンが、1770年、消しゴムを発明しました。その前はパンの耳で消していました。彼はパンを取ろうとして誤ってゴムをつかみましたが、それで書いたものが消える上、消しくずの始末も簡単でした。
苦しみの目的
人工透析が必要だと言われて、シウ・フェンは、もう十分だと思いました。独身で定年まで働きました。長年のクリスチャンです。頑張って長生きする理由はないと思いました。しかし、友人たちに説得され、神を信頼して人工透析を始めました。
祈りと成長
友人のデイビッドは、妻が若年性認知症になり、介護のために早期退職を余儀なくされました。時とともに妻の病状は進み、ますます生活が大変になりました。デイビッドは当初、神に対して腹を立てたと言います。「でも、祈れば祈るほど自分の姿を示された。結婚生活ですごく自分本位だったと気づいたんだ」と涙ながらに告白しました。彼は「妻の介護をして10年になるけれど、神は、物事を別の角度から見られるようにしてくださった。愛を込めた世話はすべて、妻とイエスにしていることだ。妻の介護は、私の人生に与えられた最大の特権だ」と語りました。
恵みに浸る
ランディ・ガードナーは1964年の1月8日、11日と25分間封印していた行為におよびました。つまり、眠ったのです。17歳のランディは、ギネスの世界記録を破るため、ソフトドリンクを飲み、バスケットボールやボウリングをして、1週間半、眠りませんでした。倒れる前、味覚、嗅覚、聴覚はめちゃくちゃでした。数十年後、重度の睡眠障害に苦しみました。彼は記録を作りましたが「眠りは不可欠」という当たり前のことも確認しました。
愛と平安
深い悲しみの中にいても、言葉では説明できない平安で心が満たされることに驚かされます(ピリ4:7)。それを父の葬儀で体験しました。弔問客が長い列を作り挨拶して通り過ぎる中、高校時代の友人の顔が見え、ホッとしました。彼は黙ってハグをしてくれました。辛く悲しい一日の中で、心が平安で満たされていくのを感じ、決してひとりではないと元気づけられました。