敵を愛する
朝鮮戦争が1950年に勃発すると、15歳のキム・チン・ギョンは故郷を守るために韓国陸軍に入隊しました。しかしすぐに、戦争の恐怖と向き合う心の準備がなかったことに気づきました。彼は同僚たちが死んでいく中、もし生きて帰れたら敵を愛しますと約束して、神に命乞いをしました。
つかの間の眠り
ヘンリー・ダーバンビルは昔のスコットランド人牧師ですが、人里離れた田舎に住む教会の老婦人について語っています。彼女はエディンバラに行ってみたいと思っていましたが、怖くて行くことができませんでした。道中、汽車で長く暗いトンネルを通り抜けなければならなかったからです。しかしある日、どうしてもエディンバラに行かなければならない事情ができ、汽車に乗り込みました。汽車が進んでいくと、彼女はどんどん不安になりました。そしてついに、不安で疲れ果てたのでしょう。老婦人はトンネルに達する前に、ぐっすり寝入ってしまいました。そして目覚めると、もうエディンバラに着いていました。
犠牲的な信仰
日曜日の午後、家の庭で休んでいると、ペルシャ語の賛美が聞こえます。私たちはロンドン郊外に住んでいて、夫は近所の教会の牧師ですが、主日の午後、元気なイラン人の教会に会堂を無償で提供しています。彼らのキリストを思う情熱には、心底、頭が下がります。この教会の牧師の兄は殉教しました。教会員たちにも迫害の体験があります。この忠実な信徒たちは、最初の殉教者ステパノの歩みにつづく人です。
夜空を見る
家庭や仕事の問題に悩んでいたマットは、春の夕暮れの風に誘われて散歩に出かけました。空の色が青から黒に変わる頃、沼地に霧が立ち込めます。星が見え始めたのは、東の空に満月が顔を出す前触れです。これはマットにとって、神を感じる時間でした。彼は思いました。「神はそこにおられる。だから大丈夫だ。」
困難の丘
アイダホ州の我が家からは、北にジャグハンドル山が見えます。そのふところには氷河湖がありますが、そこに至る道は、急な登り坂と野ざらしの大きな岩や浮き石に阻まれる険しい尾根道で、過酷な登山です。
警戒を怠らない
書斎の窓から、木々にやってくる鳥たちを眺めることができます。中には、網戸の隙間に挟まった虫を食べようと、窓のところまで来る鳥もいます。しかし彼らは、用心深く警戒し、聞き耳を立て、周囲に目を配ります。危険がないと分かると、ようやく安心してエサを食べますが、それでも、数秒ごとに周囲を見回します。
こっちへ来なさい!
子どもたちと近所の公園を散歩していると、リードをつけていない犬が2匹いました。その1匹が息子に目をつけましたが、飼い主は気づかないようでした。息子は「シッ!」と言って追い払おうとしましたが、犬はしつこく迫ってきます。ついに怖くなって駆け出すと、犬に追いかけられました。
祈る患者
新聞の死亡告知欄にアラン・ナニンガという人の記事がありました。この町の人で、「何といっても、キリストの証人として生涯をささげた人」だそうです。そこには彼の仕事や家族のこと、また、彼の闘病生活が10年にも及んだと記されていました。他の患者のために祈る奉仕を続けたので、「病院の人たちは彼のことを『祈る患者』と、敬意を込めて呼んでいた」と書かれていました。この人は、自分も大変だったのに他の人に手を差し伸べ、その人のために、またその人とともに祈りました。
わたしはあなたとともにいる
キリスト教出版社のインターンだったとき、クリスチャンになった人の証を雑誌に書きました。劇的な救いを通して以前の生活と決別し、喜んでイエスを人生に迎えた人の話です。ところが発刊の数日後、「気をつけろよ!お前は監視されているぞ。あんなことを書くなら命の保証は無いぞ」と、脅迫電話を受けたのです。キリストを示して脅されたのは、そのときだけではありません。トラクトを配っていて、「それを持って失せろ!さもないと…」と脅されました。2回とも恐ろしい経験でしたが、単なる脅迫でした。一方、脅迫だけでは済まなかったクリスチャンも大勢います。場合によっては、敬虔な生き方をしているというだけで、迫害されることもあります。