霊の刷新
中医学では、真珠粉を使った角質ケアが何千年も行われてきました。ルーマニアでは若返り効果をうたう泥パックが人気です。世界中の人たちが、たるんだ肌さえよみがえると信じて、ボディケアにいそしんでいます。
満足を手に入れる
幸せを求めて頑張ったのに空しいと、人生相談のコラムで嘆く人に、ある精神科医がにべもない回答をしました。人間は幸福になるためではなく「生きて子孫を残すためだけに」存在している。そして、呪われ、満足という「捕まらないチョウのちょっかい」に翻弄(ほんろう)されている、というのです。
兄弟サウロ
交換留学生になった時、私は「あの国以外に遣わしてください」と祈りました。行く先は未定でしたが、行きたくない国ははっきりしていました。その国の言葉はできず、国民性や習慣に関しても偏見を持っていました。
罪を取り除く
庭の水道の横に雑草が芽吹いていましたが、大したことはないと無視していました。まさか芝生を傷めるとは思わなかったのです。しかし、数週間後には小さな茂みとなって庭を占領し始めました。伸びた茎は通路をまたぎ、別の場所にも芽が出ました。大問題です。夫婦で根こそぎにし、除草剤をまきました。
ひとりではない
フレドリック・ブラウンの短編小説『ノック』は「地球上で最後に残った男が、ただひとり部屋のなかにすわっていた。すると、ドアにノックの音が……」と語ります。謎の生き物が来たのでしょうか。彼はひとりではなかったのです。
聖書を学ぶ
最初は1877年にカナダのモントリオールで、続いて1898年にはニューヨークで、それは始まりました。1922年までには、北米の約5千カ所で、子供の夏季聖書キャンプが開かれるようになりました。これが、バケーションバイブルスクール(VBS)の前身です。VBSの先駆者たちは、若者が聖書を知ることを強く願っていました。
神の御前に静まる
人間が初めて写真に写ったのは1838年のことです。それは、昼下がりの閑散としたパリの大通りに立つ1人の人で、撮影したのは写真家のルイ・ダゲールです。それは不思議な光景でした。なぜなら、その時間帯には、街は馬車や徒歩の人々で溢れていたはずだからです。実際、撮影場所のタンプル大通りは、いつもと変わらず、人や馬車で賑わっていました。しかし、それらは写真に写っていません。というのも、当時のダゲレオタイプという技法の露光時間は7分でした。その間、静止しているものだけが被写体になります。歩道にじっと立って靴を磨いてもらっていた男性だけが、ダゲールの写真に写り込んだのです。
変化のゲーム
大学バスケットボールチームの選手、1人は黒人、もう1人は白人が、1963年3月のある夜、人種差別主義者の憎悪をよそに握手しました。米国ミシシッピ州には、白人のチームは黒人のいるチームとは戦わないという不文律があったので、これは州史初のことでした。ミシシッピ州立大学チームは「変化のゲーム」と後に呼ばれるこの試合のため、反対する地元の目を策を講じてくぐり抜け、州を出て、シカゴのロヨラ大学と対戦しました。一方、ロヨラ大学の黒人選手は、遠征中に物を投げられたり、施設を締め出されたりと差別されました。
決して死なないもの
ウクライナの友人アイラの近況に涙を禁じ得ませんでした。それは2022年、包囲されたキーウの自宅を離れた数日後のSNSの投稿でした。競技を終えて国旗を掲げた過去の自分の写真を載せ、次のように記していました。「私たちは皆、人生という名のマラソンを一生懸命走っています。今は、これまで以上に頑張りましょう。決して死なないものがあるのですから」。彼女は連日、祖国の人々のためにどう祈れるか、また、どう支援できるかに関わる投稿をしました。彼女はこういう形で走り続けたのです。