子どものように
女の子が礼拝中、賛美の曲に合わせて腕を振ったり、回ったり、足を上げたり、通路で楽しそうに踊っていましたが、母親は制止することもなく微笑みながら見守っていました。その子を見ていると一緒に踊りたくなりましたが、そうはいきません。子どもの頃のように、自由に喜びや驚きを表現しなくなって、ずいぶん長い時間が経ちました。私たちは成長して大人になり、子どもっぽい行為をしなくなります。しかし、だからといって、喜びや驚きに蓋をしてはいけません。
寛大さを示す
友人のアーチィが休暇から戻ると、隣の家の人が庭に柵を立てていました。その柵はアーチィの庭に入り込んでいたので移動するよう交渉しました。しかし交渉は難航し、費用の半分を出すと提案しても、聞き入れてくれません。アーチィは隣人を訴えることもできましたが、結局、甘んじて受け入れました。神の寛大さを示すためです。アーチィは弱虫ではありません。強い人ですが、主にあって寛大であることを選んだのです。
神に満たされるとき
人生で最高のときのはずなのに、どうしたことでしょう。途方もなく孤独でした。大学を卒業してやっと正社員として本格的な仕事に就きました。しかし、大きな一歩を踏み出した感動はすぐに消滅しました。故郷を何百キロも離れた知らない町で、家具も無い小さなアパートに住み、知り合いは誰もいません。仕事は面白かったのですが、孤独で心が折れそうでした。
神には宝
彼の名前はデービッドですが、ほとんどの人は彼を「路上のヴァイオリン弾き」と呼びました。むさくるしい格好の老人でしたが、街頭でヴァイオリンを見事に演奏し、通行人に聞かせていました。聴衆が歩道に置かれた楽器ケースに小銭を入れると、演奏を続けながら、にっこりと会釈して感謝を表しました。
通話許可ゾーン
いつでもどこでも人とつながれるので携帯電話は便利です。しかし、運転中に電話やメールをして恐ろしい交通事故を引き起こす人が絶えません。そこで運転中の携帯電話の使用を禁止する法律が世界各地にあります。アメリカの高速道路を走っていると、携帯電話の使用が許可されているゾーンを知らせる看板が目につきます。ドライバーはここに車を止め、心ゆくまで携帯電話で通話やメールをすることができるのです。
折れない
私はカリフォルニア生まれで、寒いところは苦手ですが、美しい雪景色の写真は大好きです。イリノイ州に住む友人が自宅の窓から見える若木の写真をSNSでシェアしたときは嬉しくなりました。しかし、その気持ちは、きらきら光る氷柱の重さでしなる枝を見てしぼんでしまいました。あの枝は、あとどれぐらい耐えられるでしょう。重荷を負って折れそうな枝は、心配で圧倒されている私の心を映していました。
迷い出したが、見つけられ
義理の母が親戚と買い物に行って行方不明になったと聞いて慌てました。彼女は認知症で何をするか分かりません。その辺りにいるか、家に帰れると思って適当なバスに乗ってしまうか…最悪の事態を恐れて「神よ、見つけてください」と祈りながら捜しました。数時間後、彼女は何キロも先の路上で発見されました。本当に神のあわれみでした。そして数か月後、再び祝福されました。80歳でイエス・キリストを自らの救い主に迎えたのです。
恐怖から解放される
身体は恐怖に反応します。胃が痛んだり、もたれたり、動悸や息苦しさなどは、不安の現れです。私たちの身体は不安を無視できない仕組みになっています。
大胆に与える
友人が昔、幼い子どもを連れて遊びに来た時、当時6歳の息子ザビエルがおもちゃをあげると言いました。息子の気前の良さを嬉しく思いましたが、夫が方々探して買ってきた人気のぬいぐるみを持ってくると複雑でした。友人もそれがレア物と知っていて遠慮しましたが、息子は子どもにおもちゃを握らせて「僕のパパは、みんなと分けるように、おもちゃをいっぱいくれるから」と言いました。