Category  |  キリスト、死

英雄、暴君、イエス

ベートーヴェンは、ナポレオンが民衆を暴君の専制から解放する英雄だと思っていたので、交響曲第三番を「ボナパルト」とするつもりでした。しかし、彼が己を皇帝とするや激怒して、その名前を楽譜から消そうとしました。強くこすりすぎて紙に穴が開いたといいます。

犠牲

ミケランジェロの最も感動的な作品は、1540年代、友人ヴィットリア・コロンナのために描いたピエタ、イエスの母が息子の亡骸を抱いているチョークの絵画です。マリヤは息子の動かない身体を抱きながら、天を見上げています。背後の十字架には「いかほどの血が流れたのか、知るよしもなし」というダンテの「神曲 天国篇」の一節が記されています。そのとおり。イエスの死に思いを致すとき、その犠牲の大きさをよく考えるべきです。

SOSを発信する

アラスカの山岳地帯に入植した人の小屋が火事になりました。住民は無事でしたが、極寒の中、避難所も食料もありません。しかし、3週間後、彼は救出されました。上空を飛んでいた飛行機が、黒いすすで雪の上に大きく書かれたSOSの文字に気づいたからです。

十字架のことば

自分の価値を口で告げられて学ぶ人はいない、とティム・ケラー牧師は語ります。行動で示されなければなりません。行動は言葉よりも雄弁だという格言が反映される一例です。伴侶の話に耳を傾け、大切にすることで、相手の価値を示します。愛情を注いで世話をすることで、親は子どもに「あなたが大切だ」と知らせることができます。コーチは選手の成長に投資することで潜在能力があると伝えます。一方、苦痛の種になる否定的なメッセージも行動によって伝えてしまいます。

忘れない

戦没将兵追悼記念日になると、兵士たちに思いを馳せますが、特に父と叔父のことを思い出します。ふたりとも無事に家族のもとに帰りましたが、多くの人が、愛する家族を戦場で亡くしました。しかし、当時、兵士となった人たちは、家族を守るため、また自分が正しいと信じることのために、命をささげたと語っています。

唯一の王

牧師が、イエスは天を去り地上に来られたと語り、私たちの罪のために死んでくださったことを感謝する祈りをささげました。すると5歳のエルドンは「えっ!死んだの?」と驚きました。

傷跡の物語

幼い頃、裏庭のパンジーの上を飛び回る蝶々を捕まえようと思いました。急いで台所に入り、ガラス瓶を掴んで戻ろうとしたとき、つまずいて転び、コンクリートの床に叩きつけられました。ガラス瓶が手首の下で割れ、18針も縫うひどい傷を負いました。手首を横切る毛虫のような傷が、今も残っていて、傷と癒やしの両方を、私に教えています。

裂けた神殿の幕

それは暗く陰気な日でした。エルサレムの城壁の外の丘で、ひとりの男が荒削りの木の十字架にかけられました。それまでの3年間、群衆を魅了し、熱心な信者を集めた人です。彼を悼んで嘆く人々。真っ暗な昼下がり。「完了した」(マタ27:50、ヨハ19:30)という叫び声とともに、彼は十字架の苦しみから解放されました。まさにその時です。神殿から町中に、もうひとつの音が響き渡りました。神殿の至聖所を隔てる分厚い大きな幕が、奇跡によって上下に真っ二つに裂けたのです(マタ27:51)。

支配されない

ケイトリンは友だちとメキシコ湾に海水浴に行ってサメに襲われました。足を噛まれ、水中に引きずり込まれそうになりましたが、サメの鼻を殴って応戦しました。敵は降参して逃げて行き、100針も縫う大けがをしましたが、殺されずに済みました。