Category  |  神の愛

イエスに寄りかかる

夜に頭を枕に沈めて祈るとき、イエスに寄りかかっていると想像することがあります。そのときは、弟子のヨハネについてのみことばを思い出します。ヨハネ自身が、最後の晩餐の場面を 「弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席に着いていた」と記していますが(ヨハ13:23)、この「イエスが愛しておられた者」とは自分のことです。

良い時、悪い時、最悪な時

親友から「良いことも、悪いことも、最悪なことも、互いに打ち明けられるから、とてもうれしい」とメールが送られてきました。私たちは長年の付き合いで、成功も失敗も分かち合えます。お互いに欠点が十分あると承知しているので、うまくいかないことを打ち明けたり、うまくいったときは、いっしょに喜んだりします。

見ていますよ

フリーライターが互いのために作ったサイトに、「ちゃんと見ていますよ」とメッセージをくれた友人がいました。私はそれを見て緊張がほぐれ、平安な気持ちになりました。彼女は、私を見ていてくれます。私の恐れや葛藤、夢や希望を共有し、私を思ってくれているのです。

能力に関わらず大切な人

私たちの神は、私たちの奉仕や善行よりも、私たち自身を愛しておられます。神はもちろん、私たちが勤勉に働くことを願われます。また、神の造られた世界を、責任を持って管理することを望まれます。困っている人や社会的弱者と呼ばれる人に仕えたり、イエスの救いにまだ応答していない人を心にかけたりして欲しいと願われます。しかし、それはそれとして、神はやはり、私たちの奉仕や善行より、私たち自身を愛されるのです。私たちは、そういう神に仕えています。

印形

ある外国出身の人と知り合ったのですが、彼の上品な英語のアクセントと、小指にはめられた指輪が印象的でした。後に、それは単なる宝飾品ではないと教えられました。家系を示す家紋が刻まれていたのです。

愛の内に守られて

パリ市は2015年6月、ポンデザール橋から45トンもの南京錠を撤去しました。恋人たちが橋の欄干に自分たちのイニシャルを刻んだ南京錠を掛けて、鍵をセーヌ川に投げ入れるという儀式が繰り返されています。それが何十万回にも及んだので、橋が「愛の重み」に耐えかねることのないように、パリ市は「愛の南京錠」を撤去しました。

個人的な話

ニューヨークの教会の外に、キリスト降誕を人形で再現した展示がありました。その飼い葉おけの中に、新生児が入れられているのが見つかりました。困窮した母親が赤ちゃんを暖かく包んで、助けてもらえそうな所に置いたのです。彼女を非難することもできますが、この子に生きるチャンスが与えられていたことを、神に感謝したいと思います。というのも、私自身が養子で、自分の出生について何も知らないからです。

静かな会話

みなさんは独り言を言いますか。私は、車の修理をするときなどに、こうして、ああしてと、声に出して考えをまとめます。それを人に聞かれたら、少々恥ずかしいと思いますが、ほとんどの人は毎日、独り言を言っているのではないでしょうか。

素晴らしい

ふたりの少女がいます。ひとりは健康で丈夫、もうひとりは車椅子に乗っていて、誰もが経験する人生の悩みだけでなく、身体の痛みや困難と戦っています。ところが、このふたりは大の仲良しです。一緒にいるのが楽しく、ニコニコ笑っています。ふたりは素晴らしい少女たちで、互いのことを大切な友だちだと思っています。