恐れに打ち勝つ
その男性は32年間、恐れに支配されていました。罪を犯し、逮捕を恐れて納屋に隠れました。どこへも行かず、誰にも会わず、母親の葬儀にさえ出席しませんでした。64歳になった時、実は被害届が出ていなかったと知りました。刑務所行きの可能性は確かにありましたが、それに対する恐れが、彼の人生を支配したのです。
どこまでも助けてくださる
ダグ・マーキーの彫刻「非情な信頼」(Ruthless Trust)は、木の十字架にすがる青銅の人物像です。彼は「常にあるべき人生の形、つまり、キリストと福音に頼ることが、何者にも絶対にじゃまされないことを簡潔に表した」と言います。
私たちを導く灯
古代のランプの展示を美術館で見ていると、イスラエルのランプもありました。装飾を施された楕円形の粘土の容器には燃料と芯のために2ヶ所の開口部があります。これらは当時、主に壁のくぼみに置かれましたが、大きさは手のひらサイズです。
希望はあるのか
エドワード・ペイソン(1783年-1827年)の人生は災難つづきでした。弟の死、双極性障害の苦しみ、連日の偏頭痛。その上、落馬事故の後遺症で腕は麻痺し、結核で死にかけました。しかし、彼は人生をあきらめませんでした。死後、友人たちは、彼が喜びに満ちていたと言いました。なぜでしょう。
うるわしい重荷
まだ30分も眠っていないのに、真っ暗な中、目が覚めました。すぐには寝付けないでしょう。友人の夫に癌が再発したと知らされたのです。今度は脳と脊椎です。彼らを思って苦悶しました。何という重荷でしょう。しかし、夜通し祈りつづけて、平安な気持ちになりました。友人夫婦のために「うるわしい重荷」を担うと感じたのでしょうか。
パパ、どこにいるの
家の前で、娘からの電話です。「パパ、どこにいるの!」と慌てています。私は6時までに戻って演劇の練習に送っていくと言っていました。時間どおりです。なのに、娘は疑っています。私は「表だよ。パパを信用しなさい」と言いつつ、神は何度、私にそう言いたかっただろうと考えました。切羽詰まると、私も同様です。神を疑って「父よ、どこにおられるのですか」と心で叫びます。
神におまかせ
ネイトとシェリリンはニューヨークの日本食レストランで「おまかせ料理」を堪能しました。料理人に何もかもまかせる食事は初めての経験で、リスクがあるようで不安だったのですが、彼らは板長の選択と料理を心から楽しみました。
もう恐れない
誘拐された12歳の少女は、3頭の黒いたてがみのライオンに守られていました。少女は一週間前、7人の男に拉致され、森に連れ込まれて殴られました。しかし、数頭のライオンが叫び声を聞いて駆け付け、悪者たちを追い払ったのです。ライオンの群れは、彼女のそばを離れず、自分の子であるかのように守っていました。そして、エチオピア警察が来ると、そっとそこを去り、森に戻って行ったと言います。
最も安全な場所
巨大ハリケーン・フローレンスがノースカロライナ州ウィルミントンに迫り、娘は避難を決断しました。ハリケーンが進路を変えることを願って、最後まで踏みとどまりましたが、今や急いで重要な書類や写真、所持品など、持ち出すものを選ばなくてはなりません。「避難があんなに大変だとは思わなかったわ。でも、戻ってきた時に何か残っているかどう かなんて、分からないと思ったから」と後に なって語りました。