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最終決定

学生の頃、好きな人がいました。サラリンという名で、笑顔が素敵な人でした。しかし、気持ちを打ち明けることなく、それぞれの道に進み、やがて疎遠になりました。よくあることです。

導きの光

雰囲気は良いのですが、やたら暗いレストランでした。明かりは、小さい卓上のろうそくのみ。客は、スマホのあかりでメニューを読んだり、何を食べているのかを見たりしていました。

そっちは滑りやすい

スキーの初心者だった時、こんな経験をしました。ある日、息子の ジョシュについて、なだらかに見える斜面を滑っていました。私の目は息子の背中を追っていたので、彼が急斜面に入ったことに一瞬気づきませんでした。そして、突然コントロールを失い、猛スピードで斜面を下りました。最後はもちろん、雪の中に突っ込みました。

いつまでも残るもの

トーマス・エジソンは、世界初の白熱電球の実用化に成功し、ジョナス・ソークは、命を救うポリオワクチンを開発。エミー・カーマイケルは、今も愛される賛美歌を数多く作りました。あなたはどうですか。この世に生を受け、人生を何のために使いますか。

変わらない

最近、私たち夫婦は、同窓会のためにカリフォルニア州のサンタ・ バーバラに行きました。35年前、私たちが恋に落ち、素晴らしい日々を過ごした街です。思い出の場所も訪ねようと、当時、お気に入り だったレストランに行ってみると、全く別の店になっていて、地域の人々に40年も親しまれたと告げる鉄の記念版があるだけでした。私は当時の面影の残る路地を見つめました。かつては、カラフルなパラソルやテーブルが並んでいたのです。

狭い囲い

クラスメートが、子犬を産ませるには年を取り過ぎたという血統書付きの犬をくれました。美しいコリーでしたが、かわいそうに、生まれてからずっと狭い囲いの中にいたことは明白でした。小さな円をたどるようにしか歩けず、真っ直ぐに走って物を取って来れません。広い庭にいても、柵の中にいるようでした。

大いなること

ベルリンの壁が崩壊したというニュースに世界中が驚きました。1989年11月9日、ベルリン市を二分していた壁が崩れ、28年間分断されていた街がひとつになりました。ドイツの人々はもとより、世界中の人たちが興奮しました。それは大いなる出来事でした。

声を使って

世界的なピアニストに会わせてあげると言われました。私は音楽漬けで育ち、バイオリンとピアノを弾き、独唱者として教会等で歌ってきたので、このチャンスに興奮しました。

彼に会ってみると、ほとんど英語が通じないと分かりました。そして何と、私にチェロを渡して、弾けと言います。そうすれば、ピアノで伴奏するからというのです。私はチェロを弾いたことがありません。それで、バイオリンの弾き方を真似てキーキーと音を出しましたが、ついに訳が分からなくなったと認めて、別れました。

そして目が覚めました。すべては夢だったのです。けれども、どうして夢の中で、「歌ならできます」と言わなかったのだろうという思いが残りました。

神は、他人の益のために用いなさいと(Ⅰコリ12:7)、私たちの才能や霊の賜物を育てる道をくださいます。祈り心で聖書に親しみ、賢い指摘に耳を傾けることで、私たちは自分の賜物が分かってきます。それぞれの賜物が何であれ、時間をかけて見つけ、用いなさいと使徒パウロは諭します。霊の賜物は御霊がみこころのままに分け与えられたのです(11節)。

神に誉れを帰するために、そして、イエスを信じる人々に仕えるために、聖霊にいただいた「声」を用いましょう。

生きる、祈る、愛する

ジェシー・オーエンスは、1936年のベルリンオリンピックの数少ない米国黒人選手のひとりで、憎しみをあおるナチスと指導者ヒトラーの前で、4つの金メダルを獲得しました。彼はまた、両親の強い信仰に影響された勇敢なキリスト者でした。親しくなったドイツのルッツ・ロング選手は、ナチスの世論操作の中で、オーエンスの信仰から来る何げない行為に衝撃を受けたと言います。後に手紙にこう綴っています。「君と最初に話したのはベルリンだったね。君が地面にひざまずいた時、祈っていると分かったよ。…今、僕は、神を信じてもいいかなと思っている。」