負債を棒引きにするお方
私は医療費の請求書を見て涙をこらえました。夫は長期の失業の後、仕事についたものの給料を大幅にカットされ、この請求の半分だけを精算するにも、月賦払いにしてもらわなくてはなりません。私は祈り、病院に電話しました。そして状況を説明すると、少し待たされた後、主治医が請求をゼロにしたと告げられました。私は涙声でお礼を言いました。寛大な処置に圧倒され、電話を切ると、神を賛美しました。そして、神のあわれみを忘れないために請求書を取っておこうと思いました。
ひとつの名前
クレオパトラ、ガリレオ、シェイクスピア、プレスリー、ペレ。この人たちは非常に有名で、名前だけでどういう人か分かります。しかし、それ以上の名前があります。
賢者の贈り物
ある若夫婦は、各々の愛を示すクリスマスの贈り物を考えていました。クリスマス前夜、デラは夫ジムが父と祖父から受け継いだ懐中時計につけるプラチナの鎖を買おうと、膝まである長い髪を売りました。しかし、ジムはデラのために高価な櫛を買おうと、その時計を売っていたのです。
父に似る
私は父の履き込んだカウボーイブーツを書斎に置いて、彼の人柄を常に心に留めています。父は他のことに加えて、馬の飼育と調教をしていました。少年の頃、私は父に憧れ、父のようになりたいと思っていました。80代になった今でも、まだ父には及ばないと感じます。その父は今、天国にいます。
専門家は何と言っている?
ボストングローブ紙のジェフ・ジェイコビー氏は、専門家はとてつもない間違いをするという内容の記事を書きました。近代史を見ると彼の指摘は当たっています。例えば、偉大な発明家のエジソンは、トーキー映画が無声映画に取って代わることは無いと断言しました。ヘンリー・フォードは1928年に、人類はこれほど知的になったのだから二度と戦争はしないだろうと宣言しました。しかし、これらの予測は残念ながらはずれました。天才にも限界があるのでしょう。
息を呑むような栄光
ヨーロッパ旅行の楽しみのひとつは点在する大聖堂を訪問することです。天に向かってそびえたつ建物の美しさは息を呑むほどです。また、中に収められた絵画、彫刻などは驚くほど素晴らしく荘厳で、訪れる人を魅了します。
黙々と前進する
職場の近くで塀際の道のコンクリートの割れ目に植物が育っていると気づきました。悪条件にも関わらず、乾いた割れ目に根を張って、花を咲かせたのです。ふと見ると、真上にはエアコンの室外機があって水滴が落ちていました。厳しい環境下でも上からの水という助けを得ていました。
再出発
クリスマスが終わって年末が近づくと、新しい年について考えます。子どもたちが冬休みに入って生活のペースがゆっくりしてくると、その年に起こったこと、来年の目標について思い巡らします。自分の失敗を思い出し、心が痛んだり、後悔したりもします。しかし、新しい年を迎えると思うと、やはり期待に胸が膨らみます。去年はどうであれ、再出発のときだと感じるからです。
信仰を作り上げる記憶
礼拝堂に足を踏み入れ、大晦日の祝賀会に集まった人々を見回すと、様々な祈祷課題が思い出され感無量でした。私たちの教会はみんなで、子どもの非行、家族の死、失業、離婚などの悲しみを分かち合ってきました。一方で、神の恵みも体験しました。人が回心し、人間関係が癒されました。勝利や結婚、卒業、受洗も祝いました。子どもの誕生、養子縁組、献児式、その他にも多くのことがありました。