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私の目を開いてください

イスタンブールのカーリエ博物館に初めて行ったとき、天井のビザンチン様式のフレスコ画やモザイク画に、聖書物語が描かれていると思いましたが分からないこともありました。2度目は観光ガイドに色々案内してもらい、すべてがつながってきました。例えば、1番目の通路には、イエスの生涯がルカの福音書に基づいて描かれています。

時計とカレンダー

父は58歳で亡くなりました。父の命日になると、私は父が息子である私に与えてくれた影響について考えます。父と共に生きた人生よりも父無しの人生のほうが長くなったことに気がついた時、人生のはかなさにも思いを巡らすようになりました。

乳歯が生えかわるとき

妻から最近、ラブラドールレトリバーをプレゼントされ、「マックス」と名付けました。ある日、私が書斎で仕事に集中していると、背後で紙の破れる音がしました。振り返ると、大きく開いた本があり、後ろめたそうな表情の仔犬が口からページを垂らしていました。

止まれ

私は友人と波の音がする砂浜に座りました。夕日が遠くに沈む中、伸ばした足の先に波が寄せては返していきます。彼女は微笑んで「海が好きよ。波が動いてくれるから。私は動かなくていいもの」と言いました。何という発想でしょう。多くの人たちは止まりたくても止まれないというのに…。

交わりが途切れる

全地が暗くなり、やがて悲しみにあふれた叫び声が響きました。十字架のもとにいたイエスを愛する人たちの嘆き声も、イエスの両側ではりつけになった犯罪者のうめき声もかき消してしまい、全ての人が驚いたに違いありません。ゴルゴダの丘で十字架にかけられ、イエスは苦悩と恥と絶望の中で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれました。それは「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味です(マタ27:45)。

言葉にできない

先日、仕事を終えた妻を迎えに行こうとして、スマホの音声入力を使い「ママ、どこに迎えに行けばいい?」とメールを送りました。子どもたちが巣立った後も、親しみを込めて妻を「ママ」と呼ぶことがあるからです。しかし、音声入力装置はこの言葉を聞き違えて「ババ」と文字化してしまいました。

水平線を見つめて

フェリーが動き出すとすぐ、幼い娘は気持ちが悪いと言いました。しばらくすると私も吐き気がしてきました。私は「水平線を見つめて!」と自分に言い聞かせました。船乗りはそうして平衡感覚を取り戻すと言うからです。

仲間外れ

子どもの時、仲間外れにされてみじめな思いをしたことがあります。母は私を元気づけようと、おどけた歌を歌ってくれました。そして私がニッコリすると、私を大切に思ってくれる特別な人が大勢いるという感謝な事実に気づかせてくれました。

思いがけない知恵

中学に上がる前の息子が暴力事件のニュースをテレビで見ていると、彼の母親がおもむろにリモコンを取り「こんなものを見る必要はないわ」とぶっきらぼうに言ってチャンネルを変えました。息子は反発しましたが、母親は「すべての真実なこと…すべての清いこと、すべての愛すべきこと…」(ピリ4:8)で心を満たしなさいという聖書のみことばを教えて納得させました。そして夕食後のことです。彼女が夫とニュースを見ていると、5歳の娘が急いでやって来てテレビを消し、母親の口調をまねて言いました。「あなたたち、こんなのを見る必要はないわ。聖書が語っていることを考えてごらんなさい。」