正義の親指
アフリカの寓話によると、昔、4本指と親指は手の中で一緒に暮らしていました。5本の指は切っても切れない仲でした。ある日、指たちは自分たちの隣に金の指輪があることに気付き、それを自分たちのものにしようと図りました。親指は指輪を盗むのは間違っていると言いましたが、他の指たちは、親指は独善的で臆病だといって、もう友だちではないと言いました。親指は、それならそれで良いと思いました。彼らの悪さにかかわりたくなかったからです。言い伝えによると、親指はそういうわけで、今も他の4本の指と離れているということです。
壊れても美しい
娘が最近、さまざまな色の「シーグラス」のコレクションを見せてくれました。これは「ビーチグラス」とも呼ばれていて、陶器のかけらのこともありますが、多くの場合は壊れたガラス瓶のかけらです。元々は何らかの用途に用いられていたガラス瓶が、その後捨てられ、壊れてしまったのです。
知るべきこと
フェルナンド・オルテガのオリジナルソング「あるがまま我を」の間奏には、ビリー・グラハム博士の声が収録されています。その中でグラハム博士は、生死をさまよったときのことを振り返ります。自らの過去を思いめぐらし、自分がどれほどひどい罪人であり、どれほど神の赦しを日々必要としていたかを悟りました。
グレイスランド
テネシー州、メンフィスにあるグレイスランドは、アメリカで最も訪問客の多い邸宅だそうです。1930年に建てられ、所有者の大叔母グレイスの名に因んで、そう呼ばれました。その後、エルヴィス・プレスリーが住み、彼の家として有名になりました。
のがれの町
オーストラリアのある町に行ったとき、「避難する場所を求めている方々を歓迎します」という看板がありました。この種の歓迎は、旧約聖書の「のがれの町」という考え方と一致しています。旧約聖書の時代、「のがれの町」(民35:6)というものがありました。間違って人を死なせてしまったために、復讐されないように保護を必要としていた人が逃げ込む町でした。神は、そのような場所を備えなさいと言われました。
あるがまま我を
ある演奏会で「あるがまま我を」が紹介されたとき、私は懐かしい思い出に包まれました。昔、教会で牧師はメッセージの後に、「キリストがくださる罪の赦しを受け取りたい人は前に来てください」と言い、会衆はこの賛美歌を歌いました。「あるがまま我を 血をもて贖い イエス招き給う み許にわれゆく。」
信頼して近づく
モン・サン=ミシェルは、フランスのノルマンディー沿岸から0.8キロほど離れた場所に位置する小島です。何世紀も前に大修道院が建てられ、修道士たちが隠遁(いんとん)生活を送ってきました。そこはまた、多くの巡礼者たちのあこがれの地でもありました。しかし、土手道が建設される前は非常に危険な道とされ、落命した巡礼者もありました。干潮時には島のまわりに砂洲が現れますが、満潮時には海水に取り囲まれます。島へ行くことは恐怖を伴いました。
神の視点
ジェイソンは春休みを利用して、友だちとニューヨークに旅行しました。ある日の午後、エンパイア・ステート・ビルを見学しようとタクシーを拾い、ごった返した道を走り抜けるタクシーにひやひやしました。ところが、高層ビルの展望台に到着し、そこから下界を眺めて驚きました。街は整然と整備されていたのです。どこから見るかによって、同じ場所の風景はまったく違って見えました。
ザアカイを 探す
アルフ・クラークは、「ザアカイ」を探して通りを歩きます。聖書に出てくる、あのザアカイではありません。あのザアカイは、イエスが既に見つけられましたから。アルフは友人たちと、都会の貧困地区で宣教しています。彼らは、イエスがルカの福音書19章でなさったことをしています。すなわち、困っている人を探して町を歩き、彼らに手を差し伸べるのです。