罪をやっつけた正義の味方
少し前ですが「あなたが罪を犯さないでいられた、一番長い期間とはどのぐらいですか。一週間、一日、それとも1時間ですか」と尋ねられました。なかなかきびしい質問です。正直な人なら、罪を犯さなかった日は一日もないと言うでしょう。しかし、この一週間を振り返って、神に「〇〇の罪を犯しました」と告白したことがあるかというと、それは無いかもしれません。そういう場合でも、この一週間、思いでも行いでも、まったく罪を犯さなかったと言うなら、それは自分を欺いていることになります。
誉れは誰に
私たち夫婦は田舎に住んでいて、家の周りは農地です。こういう土地では「ごはんを食べられるのはお百姓さんのおかげなのだから、感謝しなさい」という意識が今なお生きています。農家の人たちが額に汗して畑を耕し、種を蒔いて作物を育て、収穫してくれなければ、私たちは飢えてしまいます。この人たちの勤勉な労働のおかげで、私たちは食べていけます。
パズルのピース
自分の誕生日パーティで、主役のクリスティは通常と逆のことをしました。来てくれた人全員にプレゼントを渡しました。自分にとって一人ひとりがどんなに大切な存在かを綴った手書きのカードです。各人を励ます神のみことばも添えられていました。封筒にはカードといっしょにパズルのピースが入っていましたが、そこには、私たち各々が世界にひとりだけの特別な人で、神のご計画にとって大切なひとりであるというメッセージが込められていました。
きまりが悪い時
パトカーの回転灯が回っていたので、交通違反の車が道路わきに止められていることに気づきました。違反キップの綴りを手に警察官がパトカーに戻っていったとき、その車の運転席で、きまり悪そうに途方に暮れているドライバーが見えました。彼女は知り合いに気づかれるのを恐れてか、顔を手で覆っていました。それを見て、自らの過ちとその報いを人目にさらされるのは、実にきまり悪いものだと改めて気づきました。
大災難日誌
イヴ・コンガールが10歳になったばかりのころ、第一次世界大戦が始まりました。ドイツ軍がフランスに侵攻し、彼の住んでいた町は占領されました。そんなとき母は、日記をつけてはどうかとイヴに勧めました。この日記は結果として、ドイツ軍占領下にあった町の生活をカラースケッチと物語でつづる、分かりやすい戦時記録になりました。彼の日記は、子どもの目で見た大災難の記録です。この体験は彼に大きな影響を与えました。イヴ・コンガールは、自分は神に召されており、キリストの希望をみんなに届けなければならない、と感じるようになりました。
父のことばを覚えていた
ジム・デビッドソンはレーニア山を下山中、スノー・ブリッジが崩れてクレバス(氷の壁のひび割れ)に落ちました。暗い氷の壁の狭間に傷だらけで立っていると、子どもの頃の思い出がよみがえってきました。逆境に負けずに突き進めば、大きなことを達成できると、何度も語ってくれた父親のことです。その言葉がその後の5時間、ジムを支えました。不十分な装備で切り立つ氷の壁を這い上がり、暗黒の世界から生還したのです。
岩
夫婦でマサチューセッツ州に旅行したとき、米国の象徴ともいえるプリマスロックを訪ねました。ここは、メイフラワー号に乗って1620年にアメリカ大陸にやってきたイギリス人入植者たちが、初めの一歩を印した場所だと言われています。私たちは、その重要性をよく味わって感謝しましたが、同時に、それがあまりにも小さいことに驚き、がっかりしました。長年の侵食と観光客が岩を削り取って持ち帰るため、もともとの大きさの3分の1なってしまったのだそうです。
ふたつの勝利
またもや、あの人たちが攻めてきました。昔、まだ若い羊飼いだった頃、ダビデはペリシテ人の最強戦士だったゴリヤテと戦いました。石投げを使って戦い、巨人ゴリヤテを絶命させました(Ⅰサム17章)。今やダビデは、イスラエルの王です。ペリシテ人は、ダビデが王になったと聞きました。そこで彼の命をねらって、またもやイスラエルに攻め込んできたのです(Ⅱサム5:17)。
すべてに定まった時期
米国のフォーク・ロック・バンドのバーズは、1960年代に「ターン・ターン・ターン」という歌をヒットさせました。この歌はビルボードのヒットチャートの首位まで登り、世界中で流行しました。人々はこの歌の歌詞に魅了されたようですが、おもしろいことに、それは最後の一行を除いては、旧約聖書の「伝道者の書」のみことばでした。