苦しむ人と共にいる
娘が最近、体調を崩しました。「パパ、頭が痛い」「寒気がする」「足をさすって」。娘は、症状を軽くしてほしいのですが、それ以上に、私がそばにいることを求めていました。結局、私は娘を救急外来に連れて行きました。「ウイルスです」と言われました。闘うほかありません。
神を真剣に求める代価
某国の22人のキリスト者が、外国から来た牧師と御言葉を学ぶために半日の道のりを経て極秘に集合しました。当局に見つかれば、3年間の刑務所暮らしです。22人のうち18人は、すでに投獄された経験があります。
苦闘が育む力
ある少年が、中でもがくチョウを助けようと、さなぎを開いてしまいました。チョウは、苦しみから解放されましたが、飛ぶことなく、地に落ちて死にました。少年は、生き抜く力を育む機会をチョウから奪ってしまったのです。
友人の信仰
ある女性が、会議でプレゼンをする友人の顔色が悪いと気になって大丈夫か確認すると、その人は「この発表はやり遂げたい。明日の朝、治っていないなら医者に行く」と答えました。この女性は、最後まで会議に残れないので、別の友人に後を託しました。
忘れるために記憶する
リチャード・マウは、南アフリカのアパルトヘイト下で辛酸をなめた黒人神学者について書いています。「彼はある子どもの話をした。教師が彼女に『記憶』の定義を尋ねた。その子はしばらく考えてから、『記憶とは、私が忘れるのを助けてくれるもの』と答えた」。こんな幼い子が、何ということでしょう。忘れたい過去がありすぎて、良いことだけを記憶したかったのです。
神にフォーカスしよう
同僚が仕事の電話をかけてきました。体調はどうかと尋ねられたので、副鼻腔炎で薬も効かずつらいと答えました。すると彼女は祈ってもよいかと尋ねました。私がお願いすると30秒ほどの短い祈りをささげてくれました。私は「そういえば、祈っていなかった。痛みにばかり気を取られて、神にお願いしていなかったわ」と告白しました。
信仰ゆえの希望
クリスティンの下の息子は、小児がんで亡くなりました。わずか7歳です。その3年後、上の息子も根治できない病気になりました。友人たちは彼女と悲しみを共にしました。しかし、キリストを信じていない友人たちは、こんな運命を許された神を信じ続けられる理由がわからなくて、「なぜ?」と問いました。
中傷される
強風にあおられて火は燃え広がり、何日も燃え続けました。歴史家タキトゥスは、市民が我が身を守ろうと悲鳴を上げて逃げ惑う、混沌(こんとん)としたローマの様子を記録しています。結局、ローマ市の3分の2近くが焼失しました。皇帝ネロは、キリスト教徒が放火したとうそをつきました。キリスト者を憎んでいたので、災禍の責任をなすりつけようとしたのです。この火災はネロの命令によるものだという噂を払拭するためだったのかもしれません。
喜びと回復力
厳しい自然環境や入植者による搾取を経験した社会を含む、世界の16の社会の回復力に関する研究があります。研究者らは数千年にわたる考古学的記録を分析し、飢饉(ききん)、戦争、気候変動の影響を検証しました。すると一つの傾向が浮かび上がりました。人口減少の発生頻度です。これは社会の力をそぐと思われがちですが、実際は逆だということが判明しました。災禍を何度も経験した社会は、回復力が発達して強まり、それ以後の災いからより早く復興しました。負荷は回復力を向上させるようです。