私の避け所
妻を亡くした後、フレッドは月曜日に仲間と朝食をとることで、悲しみを乗り越えられると思いました。その交わりは楽しかったので、気持ちが落ち込むと、次の集まりを考えるようにしました。その店の角のテーブルは、彼にとって、悲しみから解放される安全な場所でした。
祝宴
バージニア州にいた頃、私たちの教会の洗礼式はリバナ川でした。日差しが暖かい日でも、水は氷のようでした。日曜礼拝の後、皆で車に乗り込んで市立公園に行きました。近所の人がフリスビーを投げ、子どもが遊び場に群がる中、大勢で川辺まで歩いて行くのですが、それは壮観な光景でした。私は氷交じりの水の中に立ち、聖書を読み、受洗者たち一人一人に浸礼を施します。彼らがずぶ濡れで水から上がると、歓声と拍手が沸き起こります。彼らが土手に登ると、家族や友人はハグで迎え、誰もがずぶ濡れになりました。それから、皆で飲み物やお菓子を楽しみました。それを見ていた人たちは、何が起こっているのか分からなかったかもしれません。しかし、それがお祝いであることは理解したでしょう。
良い行いの器
公衆の面前で大胆にも人を襲った理由を尋ねると、逮捕された犯人の返答は衝撃的でした。「誰も動かないと分かっていた。人は決して何もしないんだ」。彼は、犯罪を見て見ぬ振りをする人について述べています。使徒ヤコブに罪の黙認に関する見解を尋ねるなら、次のようになるでしょう。「こういうわけで、なすべき良いことを知っていながら行わないなら、それはその人には罪です」(ヤコ4:17)
勝利のゴール
プロサッカーの国際的なスター選手、クリスティアン・アツは、2023年2月5日、トルコで行われた試合で決勝ゴールを決めました。子ども時分は、母国ガーナで、裸足で走りながらサッカーを覚えたそうです。彼はキリスト者で、「イエスは僕の人生に起こった最高の出来事」と語りました。自分の信仰を率直に語り、聖書の一節をSNSに投稿したり、孤児のための学校に資金援助をしたりなど、信仰を行動に移す人でした。しかし、勝利のゴールの翌日、アンタキア市を大地震が襲いました。クリスティアンが住んでいた建物は倒壊し、彼は救い主のもとへ旅立ちました。
言動に対する責任
学校がいじめの責任をすぐ認めることはほとんどありません。17歳の生徒が自殺した後、その名門高校が、彼を守ろうという配慮が「悲劇的に不十分だった」と認めたのは1年後でした。関係者は、自殺した生徒が執拗(しつよう)ないじめを受けていると知りながら、彼を守るためにほとんど何もしませんでした。現在、同校は、いじめの撲滅と生徒のメンタルヘルス向上に資する措置を講じようとしています。
痛みによる祝福
その人は猫背でつえをついていました。しかし、長く続いた牧会は、彼が神の力に頼った証しでした。牧師のウィリアム・バーバー2世は、1993年、背骨の椎骨同士が癒合する衰弱性の病気と診断されました。医者は「別の仕事を考えた方がよいのではありませんか。教会は、身障者の牧師を望まないでしょう」とあからさまに言いました。しかし、バーバー師は、そんな侮辱に負けません。神は彼を牧師として用い続けられただけでなく、社会的弱者の力強い代弁者とされました。彼の声は敬意をもって受け取られたのです。
力を新たにする
鷲のつがいが木の上に大きな巣を作りました。やがて、数羽のヒナが生まれ、親鳥たちはかいがいしく子どもたちの世話をしていました。ところが、片方が、車にはねられ死んだのです。残された親鳥は、数日間、死んだパートナーを探すかのように、近くの川を上ったり下ったりしていましたが、最終的には巣に戻り、子育ての全責任を引き受けました。
何歳であっても
テキサス州の81歳の女性2人が、80日間の世界一周旅行をしたと、大きく報道されました。彼女たちは、20年来の親友で、海外経験は豊かでしたが、今回は、全七大陸を制覇しました。南極大陸を出発し、アルゼンチンでタンゴを踊り、エジプトでラクダに乗り、北極では、そり滑りをしました。ザンビア、インド、ネパール、インドネシア、日本、イタリアなど、18カ国を巡り、オーストラリアが終点でした。二人は、年齢に関係なく世界を見て歩こうと皆を鼓舞したかったと言います。
祝う価値がある
メソジスト教会の英語の聖歌集の巻頭を2世紀以上飾っていたのは、チャールズ・ウェスレー作詞の「主イエスのみいつとみめぐみとを」です。原題は「救われた日を記念して」です。イエスを信じる信仰に目覚めて己が根こそぎ変えられたことを記念し、悔い改めてキリストに従う人が賜る神の恵みの栄光を歌っています。