イエスはここにいらっしゃる
高齢の大伯母は病床にありました。白髪を後ろに流し、しわだらけの頬でしたが、笑顔でした。見舞いに行った私たちに、もう多くを語りませんでしたが、「寂しくはないのよ。イエス様がここにいらっしゃるからね」とささやいたことを覚えています。
はっきり言うという親切
親しい友人が私の目を見て「君は時々実際よりも敬虔に聞こえるね」と微笑みながら言いました。私はドキッとしましたが、声を立てて笑いました。優れた洞察力です。敬愛すべき友人の言葉でなければ傷ついていたでしょう。少々癇(かん)にさわりましたが、彼の正しさを認めざるを得ません。私は信仰について話すとき、わざわざ専門用語を使うようなところがあり、不誠実な印象を与えます。彼は、私のことを大切に思っているので苦言を呈してくれました。自分が純粋に信じていることを嫌味なく伝えられるように、私を助けてくれたのです。
確かな信頼という信仰
英国の成人は約12分に1回、スマホをチェックしている、という調査結果が2018年にありました。しかし、私たちがネット検索をしたり、メールやSNSの通知、電話の着信音に反応したりする頻度を考えると、これは控え目な数字でしょう。多くの人は、生活に必要な情報を提供し、予定等を管理し、人と自分を繋がらせてくれるものとしてスマホを信頼しています。
焦点を神に
婚約指輪を探していたとき、彼女に最高と思ってもらえるものを選べなかったらと不安で、なかなか決断できませんでした。経済心理学者のバリー・シュワルツによると、この優柔不断さは、私が「追求者」と呼ばれるタイプだからだそうです。対照的なタイプは、「満足者」と呼ばれます。「満足者」は必要が賄われさえすれば十分ですが、「追求者」は一番良いものを求めないと気が済まず、決断をちゅうちょします。選択肢が多くなると、不安、うつ、不満をもたらしかねません。実際、「取り残される不安」という社会現象に言及する学者もいます。
希望の虹
旅行に出かけたのに最初の数日間は持病の痛みのために部屋にいました。気分は冬空のようにどんよりしています。近くの灯台を見物しようと夫婦でやっと外出できたときも、目に映ったのは灰色の景色でした。それでも私は、曇り空と影のある山々の写真を何枚か撮りました。その夜、土砂降りでどこにも行けないことに落胆しながら、撮った写真に目を通していると、何と「虹」が写っています。私は己の憂鬱(うつ)さばかりに気を取られ、疲れた心を癒やそうとされる神の希望の御業を見逃していたのです(創9:13-16)。
聖別される
イギリスのスタッフォードシャーで、1742年11月、チャールズ・ウェスレーの説教に対して騒動が起こりました。チャールズとジョンというウェスレー兄弟の行動は、教会の伝統を壊しているかに見えたので、許容し難いと感じる人々がいたのです。
愛から与える
グレンは毎朝、近くのドライブスルーでコーヒーを買い、すぐ後ろの車の人の代金も払って、レジ係に「どうぞ良い1日を!」と、その人に伝えてほしいと頼みます。そうする義理はないし、相手の反応も分かりません。ただ、この小さな親切が「自分にできる最低限のこと」と信じているのです。しかしある時、地元の新聞に載った匿名の投書を読んでその行為の影響力を知りました。2017年7月18日、彼の心優しい贈り物によって、自分の命を絶とうとしていた人が、それを思いとどまったというのです。
希望で嵐を突き抜ける
数名の竜巻追跡人たちが、2021年春、テキサス州で発生した竜巻とその横に現れた虹のビデオを撮影しました。その一つには、長い麦の穂が渦巻く風の力でしなり、鮮やかな虹が灰色の空に曲線を描いて竜巻に向かって伸びている様子が写っていました。道路わきに立って、ねじれたじょうごの形をした雲の脇にはっきり表れた希望のシンボルを撮影する人もいました。
全世界の癒やし
スロベニア西部の人里離れた峡谷にあった秘密の医療施設(フランジャパルチザン病院)は、多くのスタッフを擁し、第2次世界大戦中、何千人もの負傷兵の世話をしました。度重なるナチスの探索を回避したこと自体、驚きますが、さらに注目すべきは、スロベニアのファシズム抵抗団体が運営していたにもかかわらず、敵味方の区別なく、連合軍と枢軸国双方の兵士の治療をしたことです。