仕える人の心
料理、イベント企画、栄養管理、看護。これは、最近の母親が担う役割の一部です。2016年の調査によると、母親が子育てに費やす時間は週に59時間から96時間とのこと。道理でいつも疲れているわけです。母親になるとは、生きることを学びつつある我が子の世話に、多くの時間と労力をささげることを意味しています。
一日が長く感じられ、人の世話は価値ある仕事だと再確認したいとき、イエスが仕える人を高く評価されたのを見ると勇気をもらえます。
マルコの福音書は、弟子たちは誰が一番偉いかと口論したと語ります。そのときイエスは静かに座って「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい」(9:35)と語られました。そして、ひとりの子どもを抱き寄せると、自分以外の人、特に最も弱い人に仕える大切さを語られました(36-37節)。この答えは、神の御国で最も偉大なものに関する考えをリセットしました。神の基準は、人の世話をする意志があるかどうかです。そして、人の世話を選んだ人たちには、神のご臨在による励ましが約束されています(37節)。
家族や地域に仕えているなら忘れないでください。イエスは人のために割いた時間と労力を大いに評価されます。
生活の知恵を超える
孫が暖炉の上にぬいぐるみを置いたので、化繊の毛が溶けて耐熱ガラスを汚しました。ところが、取扱店の人が、それをよみがえらす「生活の知恵」を授けてくれたのです。ガラスは新品同様になり、暖炉付近にぬいぐるみを置くのは禁止になりました。
人生を変える
スティーブンはロンドン西部の治安の悪い地域で育ち、10歳になる頃には犯罪者でした。周りが麻薬売買や盗み、詐欺をしていると、自分も染まってしまう。そんなものだ、と言います。しかし、20歳の時、夢を見ました。「お前は殺人で刑務所に入る」という神の声を聞いたのです。リアルな夢に警告され、彼は神を求めました。そして、イエスを救い主と信じ、聖霊によって変えられました。
恵みに触れられて
レイフ・エンガーの小説「ギボンの月の下で」の登場人物ジェレマイア・ランドは、学校の用務員で、3人の子どもを男手で育てています。彼は奇跡の信仰の持ち主ですが、その深い信仰は随所で試されます。
素晴らしい地
エリス島を通過したアメリカ移民の第一号アニー・ムーアは、人生の再出発に興奮していたに違いありません。1892年のことです。その後、何百万人もの人々が、その地を通過しました。アニーは10代でしたが、アイルランドの困難な生活を捨て、手には小さなカバン、胸には夢と希望、チャンスの国に対する期待を携えて、新天地にやって来たのです。
疲れていますか?
ザック・エスワインは、著書「不完全な牧師」の中で、精神的に、 1時間で1日分の仕事をしたと感じる時がある、と書きました。彼は牧師の仕事について語っていますが、実際は、どんな仕事をする人にでも当てはまることです。重苦しい役目は、肉体的、精神的、霊的に消耗させ、ただただ眠りたいと思わせます。
関係を育てる生き物
レンタル家族ビジネスが多くの国で成長しています。自分には幸せな家族がいるという体裁のために利用する人がいます。また、疎遠だった親せきを演じる俳優を雇って、一時でも理想の親族の情を味わいたいという人もいます。このトレンドは、人間は社会的動物という基本的な事実の表れです。神はご自分の被造物すべてを「非常に良かった」 (創1:31)と認められましたが、アダムを見て 「人が、ひとりでいるのは良くない」(2:18)と言われました。人間には別の人間が必要でした。
悲しい話
長年、隠されていた悪事、すなわち男性たちが立場を利用して女性にセクハラをしていたことが、各所で明るみになりました。私が敬っ ていたふたりも加害者だと証明され、重い気持ちになりました。現代のキリスト教会もこの問題と無関係ではありません。
リンカーンのポケット
フォード劇場で狙撃された1865年のあの夜、アメリカ大統領アブラハム・リンカーンのポケットには、ふたつの眼鏡とレンズ拭き、折りたたみナイフ、懐中時計袋、ハンカチ、皮財布(中に南軍の5ドル紙幣が一枚)、そして新聞の切り抜きが8枚入っていました。その中のいくつかは、彼の政治を称賛するものでした。
なぜ南軍の紙幣を持っていたのかは分かりませんが、自分を評価する新聞記事を持っていた理由は明白です。誰もが励まされたいのです。リンカーンのような偉大な指導者も例外ではありません。悲劇の直前、それらを妻に読み聞かせていたかもしれません。
皆、自信がありそうに見えて、そうでもありません。ちょっとしたことで、自信はすぐに揺らぎます。だから、誰もが励まされたいのです。
みんなが「隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべき」(ロマ15:2)という神の命令を守ったらどうでしょう。「たましいに甘く、骨を健やかにする」発言だけをすると決めたらどうでしょう(箴16:24)。このような言葉を書いて、友人同士で送り合ったらどうでしょう。私たちは、それを何度も読み返すために、ポケットに忍ばせたり、スマホに保存したりするかもしれません。このような生き方は、ご自分を喜ばせることをなさらなかったイエスの生き方に倣うものです(ロマ15:3)。