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逃げなさい

高校でフェンシングを始めた時、コーチは剣を突き出しながら、その攻撃に対する正しい防御のポジションを叫びました。彼の攻撃をかわすには、声に即座に反応しなければなりません。

皆を愛する

私は広い庭のある教会で礼拝をささげていますが、これは国土が縦40km横24㎞しかないシンガポールでは珍しいことです。少し前から外国人労働者が毎週日曜日、ここでピクニックをするようになりました。この状況に教会員の反応は様々でした。ゴミを散らかすと言って腹を立てる人もいました。一方、自分たちの方からわざわざ出て行かなくても在留外国人をもてなす機会が与えられたと考える人もいました。

導かれるままに

子どもの頃、日曜日の夕拝に行くのが楽しみでした。夕拝とは、帰国中の宣教師などが心躍る話をしてくださる場所だったからです。彼らの話に私の信仰は鼓舞されました。神に仕えるために喜んで家族や友人を離れ、家や財産、良い仕事を捨てて見知らぬ土地、時には危険を伴う土地にさえ出ていった人たちだったからです。

先遣隊

友人は1600キロメートルも離れた町に移り住むことになりました。青森から下関に移るようなものです。そこで、夫が新居を探す、妻が引っ越しの支度をする、と夫婦で役割を分担することにしました。私は友人に、住む土地や家の下見にも行かずに引っ越して大丈夫なの、と尋ねました。すると彼女は葛藤が無い訳ではないけれど、何年もいっしょに暮らしていて、自分の好みや必要に夫が配慮してくれると分かっているので信頼していると言いました。

祝福のバスケット

パソコンで仕事をしているとメールの着信音がしました。普段はすぐにメールを開くという誘惑にあらがっているのですが「あなたは祝福です」というタイトルに引き寄せられました。そこで、それを開いてみると、遠方の友人が私たち家族のために祈ってくれているというメッセージでした。彼女は、毎週、台所にある「祝福のバスケット」から友人や知人の写真を撮って壁に貼り出し、その家族のために祈るのです。そのメールには「私は、あなたがたのことを思うごとに私の神に感謝し…」というピリピ1章3節のみことばが書かれ、私たちが神の愛を頑張って伝えていることについて「福音の同志」だと述べていました。

信じ切ること

大学卒業後、低賃金の仕事に就き、次の食事のお金がないことさえありました。そのとき「日々の糧」について、神を信頼することを学びました。

分断するもの

クリスチャンの難民が地域教会に加わり、教会はチャレンジを受けています。元々の教会員たちは、難民を暖かく迎え、彼らの文化や言語、礼拝形式の違いを学んで適応していかなければなりません。その過程で居心地の悪い状況も生じます。複数の人がいれば、誤解や意見の相違は当然で、教会も例外ではありません。しかし、互いの違いを健全に取り扱わなければ分断が生じます。

どこにでもいて、どこにもいない

友人は私たち夫婦と同じく10代の娘を交通事故で亡くしました。彼女は娘リンジーを思う気持ちを地元紙に投稿しました。彼女は家中にリンジーの写真や思い出の品を置いていると述べた後「彼女は家中にいます。それなのにどこにもいないのです」と記しました。

ユニークな友情

種類の違う動物の友情を映したビデオをフェイスブックでシェアする人がいます。豚と子犬、鹿と猫が仲良くしていたり、オランウータンが虎の赤ちゃんを母親のように世話していたりする愛らしいビデオです。