災害によって立ち返る
北ヨーロッパは、1717年、大洪水に見舞われました。オランダ、ドイツ、デンマークで1万4000人が亡くなりました。オランダのフローニンゲン州の歴史資料には、興味深い、しかし、当時としては当然の対応が記されています。当局は「祈りの日」を呼びかけ、市民は教会に集い、説教を聞き、詩篇を歌い、何時間も祈ったと記録されています。
刻まれた悲しみ
珍しいタイプの完治できない脳腫瘍と診断された後、キャロラインは、新たな生きがいを見つけました。難病の子どもとその家族の写真を撮る奉仕です。絶望の淵の悲しみだけでなく、奇跡のような美しい瞬間が記録され、子どもたちの家族は、共に過ごした大切な時間を心に刻めます。キャロラインは、極限の困難にあっても、いやむしろそれだからこそ、これらの家族は愛を選択していると気付きました。悲惨な現実と、美と希望。悲しみの真実には驚くべき力があります。
認知の境界線
新型コロナウイルスの影響で、夫が一時解雇になりました。神が生活を守ってくれると信じていましたが、具体的なことは分からず不安でした。心を静めようと、大好きな詩を読みました。それは、16世紀の宗教改革者、十字架のヨハネの「我、入るも、何処か分からず」と題された詩で、自己を明け渡す旅の中で見いだす不思議を歌っています。認知の境界線を超えると、神をあらゆる形で認識すると語ります。
良い知らせの喜び
アラスカ地震は1964年のある夕刻に発生しました。マグニチュード9.2、4分以上の揺れに、アンカレッジ市街は巨大な穴と瓦礫の山と化しました。レポーターのジェニー・チャンスは、恐怖と暗やみの中で一晩中、ラジオニュースを伝えました。森林作業員は妻の生存を知り、キャンプ中のボーイスカウトの少年たちの無事が知らされました。行方不明の我が子の発見を聞いた夫婦もいました。ラジオは廃墟の中で良い知らせを伝えました。
できないと言わない
ジェンは両足無く生まれ、病院に置き去りにされました。養子縁組をして、愛情を注いでくれた人たちのおかげで、今日があると語ります。養父母は、決して、できないとは言わせず、生まれついた身体には意味があると納得させてくれ、どんな夢を追うことも応援してくれました。彼女は現在、曲芸師として活躍しています。困難に対しては前向きの姿勢で臨み、人にもそうするように勧めます。
真の希望
アメリカは1960年代初頭、明るい未来を予見していました。はつらつとしたケネデイ大統領はニューフロンティアや月面着陸の展望を発表し、経済も好調でした。ところがベトナム戦争が泥沼化。国民に不安が広がり、大統領は暗殺されました。楽観的な空気は一変し、社会を幻滅がおおいました。
衰え君
喉の痛みがあり、インフルエンザと診断されました。それが気管支炎を引き起こすと百日咳になり、進行して肺炎になりました。百日咳と呼ばれるだけに、身体の節々が痛む咳が8週間あり、私は現実を突きつけられました。私は高齢ではありませんが、老いを感じ始める年齢です。教会の仲間は、自分たちを襲う健康問題に「衰え君」と面白おかしい名前をつけていますが、「衰え君」の活躍は少しも面白くありません。
予期せぬ客
ザックは孤独でした。街中では敵意ある視線を感じます。しかし、すべてが変わった後、キリスト教の有名な牧師となりカイザリヤで奉仕したと、古代教会の指導者アレクサンドリアのクレメンスは述べています。ザックとは、いちじく桑の木に登った取税人のかしらザアカイのことです(ルカ19:1-10)。
神の子どもたち
不妊に悩む夫婦向けの講演会で話をしました。教会とは無関係の集会でしたが、「親にならなくても意義ある人生が送れます。神が尊く造られた人生には目的があります。それを見つけてください」と、子の無い当事者として語りかけました。