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私たちの帰る場所

それぞれが最初の伴侶を悲劇的に失って数年後、ロビーとサブリナは恋に落ち、各々の子どもを連れて再婚しました。彼らは新しい家庭を「ハビラ」と名づけました。ヘブル語の「苦しみもだえる」と「生む」を合わせ、痛みから美しいものが生まれるという意味を象徴させたのです。過去を忘れるためではなく、「灰から生まれた人生と希望を祝うため」に家庭を作ったと言います。そこは彼らが帰るところであり、人生を喜び祝い、未来の約束にみんなでしがみつく場所だと言います。

最も困難な場所

ジェフは、自分が過去にヘロインを使った町で、ユースパスターをしています。「子どもたちが、私と同じ過ちで苦しまないように助けたい。イエスが彼らを助けてくださいます」と語ります。神は、ジェフの心と彼を取り巻く状況を劇的な方法で変えられました。時間をかけて、彼を麻薬の奴隷から解放し、過去があるにもかかわらず、重要な働きを託してくださいました。

フレンドシップベンチ

戦争のトラウマと高い失業率で絶望したジンバブエの人々は「フレンドシップベンチ」で希望を見つけました。そこには傾聴の訓練を受けた優しい年配の女性たちがいて、うつ状態にある人々の話を聴いてくれるのです。

希望を捨てない

がんと診断され、医者に身辺整理を促された友人が電話をしてきて、夫と幼い子どもたちが心配だと泣いていました。私は共通の友人たちに連絡し、ともに祈りました。その後、セカンドオピニオンを求めた医師に、あきらめるなと励まされたと知り喜びました。彼のチームが全力を尽くすと約束してくれたのです。その後、彼女は体調のアップダウンに振り回されず、神を見上げ、決してあきらめませんでした。

変わらない

最近、私たち夫婦は、同窓会のためにカリフォルニア州のサンタ・ バーバラに行きました。35年前、私たちが恋に落ち、素晴らしい日々を過ごした街です。思い出の場所も訪ねようと、当時、お気に入り だったレストランに行ってみると、全く別の店になっていて、地域の人々に40年も親しまれたと告げる鉄の記念版があるだけでした。私は当時の面影の残る路地を見つめました。かつては、カラフルなパラソルやテーブルが並んでいたのです。

大いなること

ベルリンの壁が崩壊したというニュースに世界中が驚きました。1989年11月9日、ベルリン市を二分していた壁が崩れ、28年間分断されていた街がひとつになりました。ドイツの人々はもとより、世界中の人たちが興奮しました。それは大いなる出来事でした。

おおいを取り除く

マリー・アン・フランコの人生は、交通事故で一変しました。命は助かったものの全盲になり、暗闇しか見えなくなりました。21年後、彼女は転倒してけがをし手術を受けました。目とは無関係でしたが、麻酔から目覚めると、視力が奇跡的に戻っていました。フランコは20年以上経って、娘の姿を再び見ることができたのです。神経外科医は医学的には説明できないと言いました。生涯続くと思われた闇が、今や、美と光に変わりました。

何もかも失ったとき

半年でジェラルドの人生は激変しました。経済危機で事業と財産を失い、息子を事故で亡くしました。母はショックから心臓発作で死亡、妻はうつ病になり、ふたりの娘たちは深く傷つきました。「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか」(詩22:1)というみことばを繰り返すほか、何もできませんでした。

希望を取り戻す

太陽は東から昇るか、空は青いか、海水はしょっぱいか、コバルトの原子量は58.9か…。最後の答えは、科学オタクか雑学が趣味の人しか分からないでしょうが、他のものは、聞くまでもありません。こんな質問には、何らかの皮肉が込められていることが普通です。