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待つことの重荷

ここ数年で親族のふたりが大きな病気を患いました。彼らを看病する上で最も大変だったのは、常に先が見えないということでした。私たちは医者の明確な言葉を期待しましたが、物事はそれほど単純ではありません。白か黒かではなく、もう少し様子を見ましょうということがしばしばでした。不確実性というのは大きな重荷です。次の検査でどうなるのだろうと常に不安でした。死が私たちを分かつまでに、どれだけの時間があるのでしょう。ガンのような病気は、私たちが死に逝く存在だという現実を突き付けます。人はいつかこの世を去っていきます。

水のほとりの木

川沿いの木は安泰です。夏の日照りや高温を心配する必要はありません。川から水と涼を与えられるので、地にしっかりと根を張り、太陽に向かって枝を伸ばし、生い茂る葉っぱは空気をきれいにします。日差しを避ける人たちに、日陰も提供します。一方、「むろの木」は対照的です(エレ17:6)。雨が降らなくなり、夏の日差しが地を干からびさせると、その木は縮んで実もならず、人のために日陰を作ることもできません。

灯台

ルワンダに「灯台」と呼ばれる集合施設がありますが、その存在は贖いの象徴です。そこは大量虐殺があった1994年当時、大統領の豪邸があった場所ですが、希望の光の灯台となるようにと、クリスチャンによって新しい施設が建てられました。中には、次世代のクリスチャンリーダーを育てる聖書学校、レストランや宿泊施設、また地域住民のためのサービスを行う場所があります。灰の中から新しいものが生み出されました。「灯台」の創立者たちは、イエスを希望と贖いの源にしています。

人生を見いだす

お前はろくでなしだ、家の恥だ、という父の言葉がラビの心に深く突き刺さりました。頭の良い兄弟たちと違って、ダメなやつだと言われてきました。スポーツで秀でようと頑張り、成果を上げましたが、役立たずだという劣等感が消えません。「こんな思いで生きつづけるぐらいなら、人生を終わらせたい」といつも考えていましたが、人に相談したりはしませんでした。自分の心の痛みは自分の内に秘め、自分の崩れ落ちる世界は自分で支えなければならないと考えていたからです。

今はそう見えても

ドンはスコットランドのある牧場で飼われているボーダーコリーです。ある朝、飼い主が軽トラックにドンを乗せて、見回りに出かけましたが、降りるときにサイドブレーキをかけ忘れてしまいました。すると、車は運転席にドンを乗せたまま、丘を下っていったのです。そして、二車線道路を横切ったところで、無事に止まりました。通りがかった車からは、まるで犬がドライブしていたように見えたそうです。物事は見た目どおりとは限りません。

囚われのクリスマス

ドイツの有名な牧師、マルティン・ニーメラーは、ヒトラーに公然と反対したため、8年近くもナチスの収容所に入れられました。1944年のクリスマス・イブ、ニーメラー牧師は、ダッハウ収容所で仲間たちに希望の言葉を語りました。「親愛なるみなさん。このクリスマス、ベツレヘムに生まれた赤子を仰ぎましょう。そのお方は、私たちに重くのしかかるすべての荷をともに担うために、私たちのもとに来られました…神の方から私たちに橋を架けてくださったのです。いと高き方からの夜明けは、すでに来ています。」