えこひいきはダメ
米国の第18代大統領、ユリシーズ・グラントは、1872年、馬車を爆走させ、アフリカ系アメリカ人の警察官ウィリアム・ウェストに止められました。「閣下、そのスピードでは通行人の命を脅かします」。グラントは謝罪しましたが、翌日も猛スピードで走りました。ウェストは再度馬車を止め、「一介の警官に過ぎない私が、国家の長である大統領に対して誠に遺憾ですが、任務は任務です」と言い、グラントを逮捕しました。
隣人とは誰か
マリーは見舞いに来たラヒームを見てにっこりしました。彼は命の恩人です。自宅前で転倒し脳内出血を起こした時、宅配業務中のラヒームが気付き、救急車を呼んでくれたのです。彼はお見舞いに小さな菓子を持参します。それもまたマリーの回復を助けてくれます。ラヒームはイスラム文化に由来する名前です。私は良きサマリア人のたとえ話を思い出しました。
神の正義感
住み込みの外国人家政婦が雇い主家族に虐待され亡くなるという悲惨な事件がありました。雇い主は懲役刑になりましたが、私は憤り、あの哀れな少女が味わった同じ恐怖を味わわせ、それから死刑にするべきだ、と思ったのです。同時に、自分の怒りは一線を越えてしまったのかとも思いました。こんな私は、悪い人間でしょうか。
わたしの民を去らせなさい
アーロン・ダグラスの絵画『わたしの民を去らせよ』は、薄紫、緑、黄の鮮やかな色彩と伝統的なアフリカのモチーフを用いた作品です。旧約聖書のモーセの物語が、自由と正義を求めるアメリカの黒人の苦闘に結びつけて描かれており、高く評価されています。燃えさかる柴から現れ、エジプトにいるイスラエル民族の窮状を見た、と告げられる神。その神の「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」(出3:10)という宣託。これらは、光の筋で象徴的に表現されています。
神は行動される
エリンは真面目で勤勉な事務員でしたが、不正行為の嫌疑で、調査中は出勤停止になりました。会社を辞めて抗議しようかと思いましたが、辞めるとかえって怪しまれるので、調査結果を待った方がいいと忠告されました。それで退職を思いとどまり、神に正義を示してくださいと祈りました。数カ月後、彼女の無実が証明されました。
接近禁止命令
神が非常に不親切だという理由で、接近禁止命令を申し立てた人がいましたが、その訴えは棄却されました。裁判長によれば、彼には法ではなく精神衛生の支援が必要ということでした。おかしくも悲しい実話です。
祈り続ける
ミラはパン屋の見習いです。上司にレーズンパンを盗んだと言いがかりをつけられても誰にもかばってもらえません。この一件やそれに伴う減給だけではありません。度々不当に扱われましたが、無力でした。ミラは毎日祈りました。「神よ、お助けください。この人の下で働くのはつらいのですが、仕事が必要なのです」
正義の神
ライアンは10代の時に母親をがんで亡くし、やがてホームレスになり、学校を中退しました。いつもお腹を空かせ、絶望していました。長い年月の後、彼は子どもたちの自立を支援するNPOを設立しました。自分たちで野菜を育て食事を賄う力を養うのです。その信念は、食べられない人を作らない、持つ人が持たない人を助けるべきだというものです。ライアンの思いやりは、神の正義とあわれみと共鳴しています。
暴かれる罪
携帯電話の修理店に泥棒が入り、陳列ケースを壊して商品を盗みました。彼は段ボール箱をかぶって防犯カメラから顔を隠していましたが、動いている間に箱が傾き、顔が見えてしまいました。数分後、店主がビデオ映像を見て窃盗に気付き、警察に通報し、犯人は近くの店の外で逮捕されました。この話は、隠れた罪は必ず暴かれることを想起させます。