御手は必ず届く
少女は16歳で懲役50年の判決を受け、刑務所の独房に収監されました。他の受刑者との接触も許されず、1年近く面会者もありません。刑務所は、教誨師(きょうかいし)の面会を許可しました。少女は、福音を聞いてイエスを受け入れ、洗礼を望みました。教誨師はビンの水で洗礼するつもりでしたが、刑務所の職員が厳戒態勢を敷き、彼女を移動式の洗礼層に誘導しました。神を信じる人々が祈る中、彼女は涙を流しました。
外国籍の人々を守る
国際都市ロンドンは、多国籍の人々が隣り合って暮らす街です。各国のグルメが楽しめますが、社会的な問題もあります。例えば、ある友人は、EUに遅れて加盟した国の出身者ですが、自分たちは偏見にさらされていると言いました。諸問題の原因を作ったと言われ、元々いた人から職を奪っていると恨まれていると。
中傷される
強風にあおられて火は燃え広がり、何日も燃え続けました。歴史家タキトゥスは、市民が我が身を守ろうと悲鳴を上げて逃げ惑う、混沌(こんとん)としたローマの様子を記録しています。結局、ローマ市の3分の2近くが焼失しました。皇帝ネロは、キリスト教徒が放火したとうそをつきました。キリスト者を憎んでいたので、災禍の責任をなすりつけようとしたのです。この火災はネロの命令によるものだという噂を払拭するためだったのかもしれません。
えこひいきはダメ
米国の第18代大統領、ユリシーズ・グラントは、1872年、馬車を爆走させ、アフリカ系アメリカ人の警察官ウィリアム・ウェストに止められました。「閣下、そのスピードでは通行人の命を脅かします」。グラントは謝罪しましたが、翌日も猛スピードで走りました。ウェストは再度馬車を止め、「一介の警官に過ぎない私が、国家の長である大統領に対して誠に遺憾ですが、任務は任務です」と言い、グラントを逮捕しました。
隣人とは誰か
マリーは見舞いに来たラヒームを見てにっこりしました。彼は命の恩人です。自宅前で転倒し脳内出血を起こした時、宅配業務中のラヒームが気付き、救急車を呼んでくれたのです。彼はお見舞いに小さな菓子を持参します。それもまたマリーの回復を助けてくれます。ラヒームはイスラム文化に由来する名前です。私は良きサマリア人のたとえ話を思い出しました。
神の正義感
住み込みの外国人家政婦が雇い主家族に虐待され亡くなるという悲惨な事件がありました。雇い主は懲役刑になりましたが、私は憤り、あの哀れな少女が味わった同じ恐怖を味わわせ、それから死刑にするべきだ、と思ったのです。同時に、自分の怒りは一線を越えてしまったのかとも思いました。こんな私は、悪い人間でしょうか。
わたしの民を去らせなさい
アーロン・ダグラスの絵画『わたしの民を去らせよ』は、薄紫、緑、黄の鮮やかな色彩と伝統的なアフリカのモチーフを用いた作品です。旧約聖書のモーセの物語が、自由と正義を求めるアメリカの黒人の苦闘に結びつけて描かれており、高く評価されています。燃えさかる柴から現れ、エジプトにいるイスラエル民族の窮状を見た、と告げられる神。その神の「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」(出3:10)という宣託。これらは、光の筋で象徴的に表現されています。
神は行動される
エリンは真面目で勤勉な事務員でしたが、不正行為の嫌疑で、調査中は出勤停止になりました。会社を辞めて抗議しようかと思いましたが、辞めるとかえって怪しまれるので、調査結果を待った方がいいと忠告されました。それで退職を思いとどまり、神に正義を示してくださいと祈りました。数カ月後、彼女の無実が証明されました。
接近禁止命令
神が非常に不親切だという理由で、接近禁止命令を申し立てた人がいましたが、その訴えは棄却されました。裁判長によれば、彼には法ではなく精神衛生の支援が必要ということでした。おかしくも悲しい実話です。