寒さの中で
住宅支援サービスで働いていたときのことです。切羽詰まった声で電話がかかってきました。借家の暖房が壊れて、家の中は冷凍庫みたいだといいます。幼い子どもがいるのだと、声の主はパニックです。私は、ホテルに泊まって代金を大家に請求してくださいと、マニュアル通りに答えました。
人生の道
新たに翻訳された聖書に「人生の道」という言葉があったのでインターネットで検索すると、人生に不安を感じている人たちの投稿がたくさんありました。異常気象、テロ、政府の政策などに危機感があるようです。しかしイエスに従って生きる人にとって、「人生の道」とは何でしょう。安全で快適に暮らすことでしょうか。それとも、それ以上のことでしょうか。
キリストに仕える
ある友人が、「仕事は事務だと言うと、見下したような顔をされたりもするけれど、誰の下で働いているかが分かると、驚いて、羨望のまなざしを向けられるのよ」と言いました。つまり、職業には上下があるけれども、その仕事で資産家や有名人とつながっているならば、話は別だと世の人は考えているようです。
愛することを学ぶ
昔のヒット曲は「愛は世界を動かす」と歌っていますが、その一方で、愛は人を傷つきやすくします。感謝されないのに、傷つけられると分かっているのに、なぜ愛さなければならないのか、と思うときがあるかもしれません。しかし使徒パウロは、「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。愛を追い求めなさい」(Ⅰコリ13:13-14:1)と、単純明快に述べています。
本当に大切なこと
ふたりの男性が、いっしょに行った出張の成果について話し合っていました。ひとりは、取引先に新しいコンタクトを紹介してもらって、その人たちと有意義な関係を結べたので、この出張は行く価値があったと言いました。もう一人は、「関係作りも良いけれど、売上げが何よりも大切だ」と言いました。ふたりの目的の違いは明らかでした。
自分の話
その大ごとが起こったのは、1975年のことでした。親友のフランシスに知らせなければなりません。アパートに行くと、彼は出かけようと急いでいましたが、私の真剣な様子に、大切なことだと思ったのでしょう。「どうしたの?」と尋ねました。私は単刀直入に「昨日、イエスにいのちを明け渡した」と言いました。
あなたの目的
ある暑い日。テキサス州西部の町で姪が見たという女性は、意外なことが書かれた板を持って信号の脇に立っていました。
聖なる心の賛美
友人のマイルナは外国旅行中、礼拝をささげるために教会に行きました。その教会の人たちは会堂に入るとまず、正面から顔を背けてひざまずき、祈っていました。人々は礼拝の前に、自分の罪を神に告白していたのだそうです。
一度しか死ねない
奴隷の子として生まれ虐待された少女、ハリエット・タブマン(1822-1913)は、母が語った聖書物語に希望を見いだしました。イスラエル人が奴隷から解放された話から、神のみこころは、ご自分の民が自由になることだと教えてくれました。やがて、ハリエットは逃亡して自由州に逃げ込み、奴隷ではなくなりました。しかし彼女は、それだけでは不満でした。依然、多くの人たちが奴隷だったからです。彼女は、逃亡奴隷を助ける危険な運動を指揮しました。「一度しか死ねないのだから」と言っていたそうです。