信仰が試される
ローマ皇帝マクシミアヌスは、紀元304年、小アジアのニコメディア(現在のイズミット)に凱旋(がいせん)し、異教の神々に勝利を感謝する戦勝パレードに市民が招集されました。しかしキリスト者は例外でした。マクシミアヌスは教会に来て、信仰を捨てて罰を免れよと迫りましたが、会堂いっぱいの人々は、彼の最後通告を拒否しました。皇帝は彼らを閉じ込めて教会堂に火をつけ、全ての信者を殺害しました。
信仰によって踏み出す
神を信頼して「水に足を踏み入れる」ことについて講師が語りました。ある国の牧師は、新たな法律が制定された後も神を信頼して聖書の真理を語ることを選んだそうです。彼は差別罪で30日間拘留されました。しかし裁判所は、彼には聖書を「私的」に解釈して、それに従うように人々を促す権利がある、という判決を下したのです。
霊の遺産
私たち姉妹は10代で、母の信仰が何なのか理解できませんでしたが、彼女の変化は明らかでした。以前より平安で幸せそうで、やがて教会で仕え始めました。母はみことばを慕い求め、神学大学院で学びました。数年後、妹がキリストを受け入れ、主に仕え始めました。その後、私もイエスを信じ、主に仕えました。だいぶ経って、父もイエスを信じました。母がキリストを信じる決心をしたことで、私たちの家族や親族には波及効果が生まれ、各々の人生が変わりました。
神に覚えられている
ショーンは家庭というものをあまり知らずに育ちました。母親は亡くなり、父親は不在がちで、常に寂しく不安でした。しかし、近所の夫婦が助けてくれました。彼は家族の一員のように迎えられ、その家の子どもたちにも可愛がってもらいました。自分も愛されていると実感できたのは、彼らのおかげです。また、教会にも連れて行ってもらいました。ショーンは自信に満ちた若者に成長し、ユースリーダーの一人になっています。
神に頼る
ハリエット・タブマンは奴隷の家庭に生まれ、読み書きができませんでした。残虐な主人のせいで頭部にけがを負い、生涯、後遺症に苦しめられました。しかし、逃亡奴隷となった後は、300人もの奴隷を救出するために神に用いられ、救出された人たちから「モーセ」と呼ばれました。
嵐を乗り越える
スコットランド人アレクサンダー・ダフは、1830年、宣教師としてインドに渡ろうとしましたが、南アフリカ沖で海難事故に遭いました。彼は他の乗客や乗務員たちとともに小さな無人島に流れ着きました。ほどなく、ひとりの乗組員が、海岸に打ち上げられたダフの聖書を発見しました。ダフは、聖書が乾くと、生存者たちに詩篇107篇を読み聞かせ、彼らは勇気を奮い起こしました。彼らは救助されましたが、さらなる破船の体験を経て、ついにインドに到着しました。
断固断るべき時
第二次大戦中、ナチスに徴兵されたフランツ・イェーガーシュテッターは、基礎的な訓練には服しましたが、ヒトラーに忠誠を誓う宣誓を拒みました。一旦は農場に戻りましたが、再度招集され、兵役につきました。そこでナチスのイデオロギーを体験し、ユダヤ人虐殺を知ると、神に忠誠を誓うならナチスのために戦うことはできないと決意しました。フランツは逮捕されて死刑となり、妻と娘が残されました。
待ち望む
トレヴァーは教会に失望し、答えを求めてもがく17歳です。探求し続けていますが、未だに解決はありません。彼の心の旅路は両親との距離を縮めましたが、キリスト教にはつまずいたままです。「聖書は、から約束でいっぱいだ」と辛辣でした。
子どもたちを備える
育児関連のウェブサイトの多くは「子どものために道を整えるのではなく、道のために子どもを備えよ」と教えます。つまり、親は問題の無いスムーズな道を子どもに作ってあげるのではなく、困難にぶち当たっても対処できる力をつけてあげなくてはいけないのです。