Category  |  悔い改め

偽りの安心

我が家の愛犬ルパートは、子犬の頃、外出をとても怖がりました。公園に行くときは、引きずるようにして連れていかなければなりません。ある日のこと、私は愚かにもルパートをリードから放してしまいました。すると彼は、安心の我が家に一目散に駆けていきました。

正直に認める

孫息子の朝は散々でした。お気に入りのシャツは見つからず、履きたい靴は暑すぎます。3歳の彼は、おばあちゃんに当たり散らすや、座り込んで泣き出しました。私が「いったいどうしたの」と優しく尋ねると、少し話をして落ち着いてきました。そこで「おばあちゃんにいい子だっ た」と聞きました。彼は靴に目を落とし考え込むと「ううん。悪い子だった。ごめんなさい」と言いました。

これは誰?

家に防犯カメラを設置した人が、作動確認のために撮影された映像を見ると、黒っぽい服の男が庭をうろついていました。何をするつもりかと目をこらしながらも、見覚えのある人だと思っていると、それはカメラに映った自分だと気づきました。

大魚の話ではなく

ミガルーは初めて撮影された全身が真っ白なザトウクジラです。体長は12メートル以上。オーストラリア、南クイーンズランド沖で何度も目撃され、この国の法律で保護されています。

赦すとは

ある日「父とふたりの息子―赦しの芸術―」という展覧会に行きました。その出品作はすべて、放蕩息子のたとえ話(ルカ15:11-32)を題材にしています。私はエドワード・リオハスの絵に特に心を動かされました。その絵は、わがまま放題に家出していった息子が、ぼろ布をまとい、うつむいて戻って来る様子を描いています。青年は死の国を後にして道を歩いていましたが、父はすでに彼に向って駆け出していました。その絵の下には「ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い」という聖書のみことばが添えてあります(20節)。

隔てを壊す

原稿の締め切りが近いのに、朝の夫婦喧嘩のことが気になり、パソコンを叩く指も止まったままです。「主よ、夫も悪かったのですよ」とつぶやくと、画面が暗くなり、自分のしかめっ面が映りました。私の自我が仕事を遅らせているだけでなく、夫婦の関係や、神との関係を傷つけていました。私はプライドを捨て、電話で夫に謝りました。夫も謝ってくれたので一件落着。神に感謝しました。締め切りにも間に合いました。

砕かれたものの美しさ

日本の伝統工芸の金継ぎは、麦漆で破片を繋いだ後に金粉を塗り、斬新な柄を作ります。傷を隠すのではなく、壊れたものから美を作り出すのです。

心の底から

大声で泣き叫んだり、着物を引き裂いたりする行為は、多くの文化の中で個人の悲しみを表し、国家の惨事を嘆く公式な手段として認められています。旧約聖書のイスラエル人は、このようにして神に背いたことを嘆き、悔い改めました。

警告

ベビーカーには「折りたたむ前に、子供を取り出してください」、防塵マスクには「酸素は供給しません」、原付きバイクには「使用中には動くので注意してください」という警告文がついていました。聖書の登場人物ナバルにつけるべき警告文は、「愚か者は愚かな行為をするので注意してください」かもしれません(Ⅰサム25章参照)。