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神は聞いてくださる?

教会で祈りのカードに記された内容を祈るという奉仕をしていたことがあります。その多くは匿名で、結果について知る術はありません。正直なところ、私が祈って何かが変わるだろうかと自問する時もありました。そういう疑問を持ったことがある人は多いでしょう。私も旧約聖書のハンナのように、子どもが欲しくて長年祈りましたし、父の救いもずっと祈りましたが、父は確かな信仰告白をしないまま亡くなりました。

聖霊が教えてくれる

フランス軍がエジプト遠征に赴いたときのことです。宿営の防備を強化しようと砂漠を掘っていた兵士が、思いがけない大発見をしました。彼は石を見つけましたが、ただの石ではなく、ロゼッタストーンでした。そこにはプトレマイオス5世が発した勅令が3つの言語で書かれていました。現在、大英博物館の所蔵品であるこの石は、19世紀最大の考古学の発見のひとつで、ヒエログリフと呼ばれる古代エジプトの象形文字の謎を解く鍵となりました。

誤解はない

アレクサやシリなど、スマート家電の音声アシスタントは、ときどき聞き間違います。6歳の子どもが機器の前でクッキーやドールハウスのことをしゃべったところ、3キロのクッキーと1万8千円のドールハウスの配達予告メールが母親に届きました。ロンドンでは、ネットショッピングをしない人のペットのオウムが、なぜか金色のギフトボックスを注文しました。「リビングの電気をつけて」と指示したら、「プリンの部屋はありません」と返答されたという人もいます。

祈りの人

祖父はよく祈る信仰の人でしたが、初めて「今日から神に食前の感謝の祈りをささげる」と言ったときのことを叔母が覚えていました。流暢な祈りではなかったそうです。しかし、50年間、祈りつつ1日を過ごす習慣をつづけました。祖父が亡くなったとき、夫は「おじいさんは祈りの人でした」と言って「祈りの手」と呼ばれる植物(ギボウシ) を祖母に贈りました。日々神に従い、神と話す、という祖父の決断は、彼を主の忠実なしもべに成長させました。

究極の癒やし主

重度の食物アレルギーに対する治療の効果が出始めたとき、嬉しくてどこに行っても、そのことを話しました。具体的なプロセスや、それを考案した医師について語りました。ついに「癒やし主として称賛されるべきは神だと思うよ」と、友人に意見されました。私は、究極の癒やし主から目を離して、癒やしそのものを偶像化してしまったのでしょうか。返す言葉がありませんでした。

耳を傾けて

客船カルパチア号の無線通信士ハロルド・コッタムが、1912年4月15日午前12時25分に受け取ったタイタニック号の通信は、「すぐに来てくれ。氷山に座礁した」でした。彼らは現場に急行し、706名の命を救いました。後日、船長アーサー・ロストロンは米国上院の公聴会で、「すべて神の御業です。無線通信士は仕事を終え自室で着替えながらたまたま聞いていたのです。もう10分遅かったら、眠っていて、私たちが遭難を知ることはなかったでしょう」と証言しました。

大切な存在

結婚指輪が見当たらず、動揺して泣きながら探しました。家中の隅から隅まで1時間ほど探し回った後、夫が言いました。「残念だけど、新しいものを買おう。」私は「ありがとう。でも、あれは特別なかけがえのない物だから」と答えて、祈りながら探しつづけました。すると、少し前に着たセーターのポケットから、大切な指輪が出てきました。「神よ、感謝します!」と夫婦で喜んで指にはめると、銀貨を失くした女性の話が心に浮かびました(ルカ15:8-10)。

率直な会話

ララとデイブの夫婦は、妊娠は難しいと医者に言われました。ララは、気がつくと神さまに率直な気持ちを語っていたといいます。そんな語らいが何度かつづいた後、ふたりが牧師に相談すると、彼が養子縁組の仲介にかかわっていると知りました。1年後、ふたりは男の子を養子に迎えました。

救いを祈り求める

ミネソタ州は19世紀末に5年に渡ってイナゴの害に苦しみました。人々はタールでイナゴを捕獲したり、ふ化を止めようと畑を焼き払ったりしました。農民は飢餓の瀬戸際で必死に神の助けを求め、多くの人はともに祈るべきだと思いました。州知事も同意し、全州で4月26日が祈りの日になりました。