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恥から誉れへ

今年もまた、この時期が来ました。家族や親戚が集まる年末年始、独身者や子どものいない人は、「あなたを心配している」と、いつもの質問を繰り返す人にへきえきとさせられます。今でさえそうなのですから、長年の結婚生活で子どもに恵まれなかったエリサベツの苦悩はいかばかりでしょう。当時、不妊は神に嫌われた印で、恥だと思われていました(Ⅰサム1:5-6)。エリサベツは敬虔な人でしたが(ルカ1:6)、隣人や親戚は疑っていたかもしれません。しかし、エリサベツと夫は神に忠実に仕えつづけました。そして、老年になってから奇跡が起こりました。祈りが聞かれたのです(13節)。

神は耳を傾ける

ダイアンは祈祷会で、人々が家族の病気や悩みごとについて祈って欲しいと頼んでいるのを聞いていました。実は彼女には、何年も依存症に苦しむ家族がいますが、その話はしません。今までに散々、嫌な顔をされたり、根掘り葉掘り聞かれたり、意見を言われてきたので、この話はしない方が良いと考えています。そういう人たちは、クリスチャンが依存症になることに納得できないのです。

時は主のもの

少し前、片道3時間ほどのところに住む息子の家のリフォームを手伝っていました。予定の日数が過ぎ、毎朝、今日こそ終わるように祈りました。しかし、仕事が残ってしまいます。不思議に思い、何か理由があるかも…と気づいた翌日、それが分かりました。夕方、電話が鳴り、知らない人が「娘さんが事故でけがをしました。すぐに来てください」と固い声で言うのです。娘は息子の近くに住んでいたので、14分で着きました。救急車を追走して病院に行き、手術室に入る娘を慰めました。彼女の手を握りながら、もしリフォームが終わっていたら、自宅は遠方なので、すぐに駆けつけられなかっただろうと気づきました。

隠された奉仕

学会関係の仕事の締め切りが迫って焦っていると、3人の友人から励ましのメールが来ました。どの人も「今日祈っていたら、あなたのことが示された」と言います。私は畏れ多く、また嬉しく感じました。彼女たちは私の状況を知りません。神がご自身の愛を伝えようと彼女たちを用いられました。

私の願いではなく

カミルとジョエルの娘、8歳のリマは、稀なタイプの白血病だと診断され、やがて髄膜炎と脳卒中を併発して意識不明になりました。医療チームによると、助かる可能性は1パーセント以下で、覚悟するように勧められました。

祈りとチェーンソー

グラディスおばさんの大胆さには敬服します。ただ、その大胆さゆえに、私は時々心配になります。例えば「昨日、クルミの木を切り倒した」などとメールが来たときです。おばさんの家のクルミの木は、車庫の裏にあって、根が育ちすぎて車庫のコンクリートの床を突き破りそうでした。ですから、木を切り倒さなくてはなりません。しかし、76歳の叔母が、自分でチェーンソーを使ったというのです。ただ彼女は「大仕事に取りかかる前には、必ず祈るのよ」と言っています。

言葉以上に

アフリカのある言語に翻訳された聖書が、完成を記念する式典で、その地の首長に贈呈されました。彼は感謝して聖書を掲げ「神が我々の言語を理解されることがわかった。私たちは母語で聖書を読むことができる」と叫びました。

正しい祈り方

祈りのノートをつけている人を「すごいなあ」と思います。その人たちは、他の人の祈りのリクエストを記録して毎日祈り、その課題の経過を追ってノートに書き加え、祈りが応えられると、賛美の言葉を記録していきます。また、祈り会を主催する人や、ベッド脇にいつもひざまずいて祈るのでその場所のじゅうたんがはげて薄くなっているという人もいます。私はそういう人たちに感化され、完璧な祈りの生活や素晴らしい祈りをまねしようと何年間も頑張りました。正しい祈り方を学びつつ、祈りの奥義に触れたいと思ったのです。

ありのままの自分で

頭をたれ、目を閉じ、指を組み合わせて「親愛なる主よ、今、私はあなたの子として御許に参りました。私はあなたが力あるよいお方であると知っています…」と祈り始めました。突然、ハッと、息子の社会科の宿題の期限が明日だと思い出しました。放課後にはバスケットボールの試合があるので、期限に間に合わせるために夜遅くまで起きていなければなりません。疲れていると、インフルエンザにでもかからないかしらと心配です。