神の方法
私たちは祈っていました。3か月だけ、ふたりの子どもの里親になって欲しいと頼まれたのです。自分たちの子ども3人に、もうふたり増えるのは大変です。そんなとき、日々のデボーションに使っていた宣教師エミー・カーマイケルの本が、普段はあまり読まない民数記7章を取り上げていました。
元気を出しましょう!
野生の小鳥が好きなので、庭で餌づけを試みたことがありました。最初の数ヶ月はうまくいっていたのですが、やがてタカがここを狩猟地にしてしまいました。
主のご計画か私たちの案か
夫は18歳で洗車ビジネスを始めました。ガレージを借りて従業員を雇い、広告もしました。彼はその会社を成功させて売却し、そのお金で大学に行くつもりでした。それで、買い手が現れると大喜びで交渉したのですが、取引は結局、流れてしまいました。そしてようやく会社が売れたのは、数か月後のことでした。
逃げるな
ジョン・パイパー師は1986年、大きな教会の牧師でしたが、辞任を考えていました。当時の日記には「失望とむなしさ。まわりは敵だらけ」とあるそうです。しかし彼は留まりました。そればかりか、その教会を超える大きな働きを組織して指導するようになりました。成功の定義は色々ですが、それでもパイパー師は成功した牧師だと言えるでしょう。しかし、もしその働きが大きくならなかったらどうでしょう。
近すぎる
私はオクラホマ州で育ちましたが、そこでは、春から夏の終わりにかけて竜巻が起こります。ある時、空に黒い雲が湧き、警報が発令されると、まもなく停電になりました。私たちは急いで避難用の地下室に逃げ、嵐が通り過ぎるまでじっとしていました。
私の力である神
古代バビロニアの兵士は冷酷非道で、鷲が獲物を襲うようにどう猛に他国を侵略しました。彼らは強いだけではなく、自意識が強く傲慢で、事実、自分たちの能力を崇拝していました。聖書は、「自分の力を自分の神とする者」と語っています(ハバ1:11)。
思いがけない訪問
イタリア人画家カラヴァッジョ(1571-1610)は、聖人を描くときに、普通の労働者をモデルにしました。それで、絵を見る人たちは、自分が絵の一部のように感じたのです。「エマオの晩餐」は、立っている宿屋の主人の横で、自分たちと食卓をともにしている人が復活されたイエスだと気づいたふたりの弟子を描いています (ルカ24:31)。ひとりは椅子に手をついて立とうとし、もうひとりは驚きのあまり両手を大きく開いています。
やめるな
フローレンス・チャドウィックは1952年、カリフォルニアの海岸からカタリナ島まで約42キロを泳いで横断しようと試みました。しかし、15時間後、濃霧に視界がさえぎられると方向感覚を失って、断念せざるをえませんでした。悔しいことに、ゴールまでわずか1.6キロでした。
寄留者と旅人
自転車を止めて、ケンブリッジの地図を広げました。方角感覚の良い方ではないので、古い建物に囲まれた迷路のような道では迷子になりそうでした。私はイギリス人と結婚したばかりで、この地で、のどかに生活するはずでした。しかし実際は、流れ者のような気分でした。黙っていれば周囲に溶け込んでいても、口を開けばすぐ、アメリカ人観光客だとよそ者扱いされるように感じました。また、ふたりの頑固な人間が共に生活するのは、予想以上に難しいと気づき始めたころでした。