蜜よりも甘い
その日は皆が万国博覧会に行くだろうと、シカゴの全劇場は閉まっていました。1893年10月、70万人以上が博覧会に集う一方で、ドワイト・ムーディ(1837-1899年)は、町の反対側のホールをキリスト教の教えを聞く人々で埋め尽くそうと考えていました。友人のR.A.トーリー(1856-1928年)は、大丈夫だろうかと心配でした。しかし、神の恵みにより成功したのです。トーリーは後に、ムーディが「この世界が心から知りたいと希求している書、つまり聖書」を知っていたので、人々が集まったのだと結論づけました。そして、多くの人がムーディのように聖書を愛し、心を込めて日々読んで欲しいと思いました。
紫のショール
夫や息子たちのいる自宅から遠く離れたがんセンターで母の看病をしたとき、みんなに祈って欲しいとお願いしました。しかし、月日が経つと孤独に力を奪われ、心身ともに疲れて、母の看護を続けられるかしらと不安になりました。
成熟のプロセス
チャールズ・シメオン(1759-1836)は英国ケンブリッジで50年牧師をしましたが、新米の頃、近所の教会の牧師ヘンリー・ベンと娘たちに会いました。シメオンはきつくて自己主張が強い、と娘たちが言うと、ベンは、桃の木から実を取って来るように言いました。娘たちが、熟していないのになぜかと尋ねると、「そうだろう。果実はまだ青いから待たなくてはいけない。太陽や雨の恩恵をもう少し受けるなら、熟して甘くなる。シメオン先生も同じだよ」と言いました。
木を育てる人
トニー・リナウドは「木を育てる人」です。ワールド・ビジョン・オーストラリアに所属する宣教師で農学者。サハラ砂漠の南のサヘル地域で30年間、森林破壊と戦い、それを通してイエスを伝えてきました。彼は成長不良の低木が実は休眠期だと気付き、剪定や水やり等の世話を始めました。そして森林を回復し、浸食された土壌を改善して、農地を荒廃から救い,無数の農民に希望を与えました。ニジェールでは年間250万人分の食料に匹敵する新たな収穫が可能になりました。
素晴らしい褒美
ドネランは教師で様々なものを読む人です。ある日、それが報われました。計画中の旅行のために旅行保険の約款を7ページまで読むと、素晴らしい褒美がありました。保険会社の「読めば得する」コンテストの一環で、約款をそこまで読んだ最初の人に100万円を進呈するというのです。さらに、彼女の学校や近隣の小学校に、児童の読書力向上を目的に多額の寄付をしてくれました。彼女は「私は昔から契約書を細部まで読む変わり者で、人に驚かれていましたが、今回は、自分が一番驚いています」と語りました。
まっすぐ前に
昔のトラクターやコンバインは、前方を注視しハンドルをしっかり握っていないと、真っ直ぐ前進しませんでした。しかし、どんなに目が良くても、時に畝は重なって見えます。強靭な腕も一日の終わりには疲れ果てます。しかし、今ではGPS機能を用いた自動操舵システムのおかげで、数センチの狂いもなく、耕したり、植えたり、散布したりできます。非常に効率的で手間いらずです。巨大なコンバインの操縦席で、ハンドルの代わりにサンドイッチを手にし、食べている姿を思い浮かべてください。これは真っ直ぐ前進することを可能にした素晴らしい技術です。
いつまでも残るもの
トーマス・エジソンは、世界初の白熱電球の実用化に成功し、ジョナス・ソークは、命を救うポリオワクチンを開発。エミー・カーマイケルは、今も愛される賛美歌を数多く作りました。あなたはどうですか。この世に生を受け、人生を何のために使いますか。
断食の心
空腹で胃が痛みました。神に集中できるからと断食をすすめられたのです。しかし、イエスはどうやって40日間も耐えたのだろうと思いました。私は、平安、力、特に忍耐のために、聖霊にすがりました。
岩の上の家
友人が数年前に買った家のリビングが沈み、壁にひびが入り、窓は開かなくなりました。手抜き工事で建て増しされ、土台が無いことが分かりました。土台を敷く数か月間の工事の後、完成した家を訪問すると、壁のひびは消え、窓は開きましたが、見た目に違いはありません。しかし土台が肝心ということは明白です。