Category  |  霊的成長/霊の成長

不信仰を助けてください

こう祈った人がいました。「私の信仰はどこにあるのか。どんなに深く掘り下げても、空虚な闇があるだけだ。もし、神がおられるなら、どうか私を赦(ゆる)してください」。これが誰かを知って驚くかもしれません。あの有名なマザー・テレサです。

イエスにあって成長する

子どもの頃、大人は賢くて失敗しない、常にどうすればよいか分かっている、と思っていました。成人したら自分もそうなれると思ってきました。その日はずいぶん前に訪れました。そして分かったことは、分からないことはまだまだあるということです。家族の病気、職場の問題、人間関係のもめ事など、対応に苦慮し、自分のふがいなさが身に染みるとき、残る選択肢は、ただ一つ。目を閉じて「主よ、助けてください。どうしたらよいか分からないのです」とつぶやくことです。

元気づける言葉

台所にいた娘が「ママ、蜂蜜のなかにハエがいる!」と叫んだので、私は「お酢より蜂蜜の方が、多くのハエが取れる」という格言で冗談っぽく応じました。偶然ハエを蜂蜜で捕まえた初体験の一方で、この格言には知恵が込められていると思いました。つまり、不愉快な態度より優しい言葉のほうが説得力があるということです。

偏見は終わりにしよう

ジュリー・ランズマンが、数十年前、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場管弦楽団の首席ホルン奏者のオーディションを受けた時のことです。応募者はつい立ての後ろで演奏しました。結果が審査員の偏見に左右されないためです。ランズマンの演奏は1位になりました。しかし、彼女が姿を表すと、全員男性の審査員の内の数名が、彼女に背を向けて集まりました。彼らが不満なのは明らかでした。

イエスを信じて耐え忍ぶ

神学生の頃、学校では毎週、チャペル礼拝がありました。ある日、学生が「主は偉大なり」を賛美していると、皆に敬愛されている3人の教授もまた力強く歌っていました。 3人の表情は喜びで輝いており、それは信仰のなせる業でした。後年、それぞれが不治の病に侵されましたが、あの信仰によって、耐え忍び、周囲の人々を励ましたのです。

祈りの呼びかけ

リンカーン大統領は「私は何度となくひざまずき、他にどこに行けるでしょう、と祈らずにはいられなかった」と友人に打ち明けたそうです。彼は、壮絶な南北戦争の最中、自分が真摯(しんし)に祈るだけでなく、それを国民にも求めました。1861年には「へりくだり、祈り、断食する日」を宣言しました。そして、1863年に再度の布告を行い、「神の統べ治める力に頼らざるを得ないと認めることは、国家と国民にとっての義務である。それは己の罪とがをへりくだりと悲しみと共に告白する一方で、純粋な悔い改めは神の慈悲と赦(ゆる)しにつながると確かな希望をも告白することだ」と述べました。

神の回復の機が熟す

友人が画像を次々送ってきました。それは彼の妻に思いがけず贈られたレストア(旧車の復元)後の1965年製フォード・マスタングです。濃紺の外装、輝くクロームメッキのリム、張り替えた内装、アップグレードされた機能。復元前の使い古された車の写真もありました。これも新車の組立ラインから出てきた時は、人目を引いたことでしょう。しかし、経年劣化や他の要因でレストアの機が熟したのです。

義の都

デトロイト市で、2000年大みそか、100年前のタイムカプセルが開かれました。そこからは未来の繁栄を思い描く当時の市長の書簡が現れると予想されていましたが、実際は、次のとおりでした。「どんな希望にも勝るこの希望を表明しましょう……国として、民として、また市として、より正しく善良なものに成長していってください。国を高めるのは、このことだからです」

いのちの冠

リーアディアネス・ロドリゲス-エスパダは、5kmマラソンに出場予定の12歳の少女でしたが、スタート時刻に遅れることを心配しすぎて、15分前に発走するハーフマラソンの選手と一緒にスタートしてしまいました。そして、集団のペースに合わせて走りました。6km走った時点で、ゴールが見えないため、より長く困難なレースに参加してしまったと気付きました。しかし、棄権はせずに走り続けました。意図せずしてハーフマラソンの選手となった少女は、21kmのレースを完走した2111人の1人となり、1885位でゴールしました。すごい精神力です。