Category  |  信仰

神の良い働き

チャールズ・スポルジョンは、幼い頃から教会に行っていましたが、10代の頃には神を信じられなくなり、自身の言葉によれば「反抗」しました。しかし、16歳のある夜、吹雪を避けて小さな教会に入ったとき、そこで聞いた説教が自分に語られたように感じたそうです。その瞬間、神はスポルジョンを捕らえ、彼はイエスに人生をささげました。

神の大いなる愛

子どもたちに純潔の大切さを伝えるワークショップの講師を頼まれましたが、断りました。私は10代で家出をし、すさんだ生活の中で負った傷に長年苦しんだからです。結婚して最初の子どもを流産したときは、神罰が下ったと思いました。30歳でようやく神に白旗を上げたとき、私は自分の罪を告白しました。その後も何度も何度も神に謝りました。しかし、恥と罪悪感を拭うことはできず、疲れ果てていました。神の愛の賜物をいまだしっかりと受けきれていない私が、どうして人に語れるでしょう。しかし、時が経つにつれて、自分を過去に縛りつけていたうそから、徐々に解放されていきました。そしてついに、神がずっと差し出しておられた赦しを受け取ることができたのです。全ては神の恵みでした。

仕えるために結び合う

自給自足で暮らすアーミッシュの村では納屋の建設は共同事業です。自分の家族だけなら数ヶ月かかる仕事を村民総出で素早くやってのけます。建材などを事前に準備した上で日時を決めると、村中の人が集まり、作業分担をして共に働きます。納屋は1日で完成することさえあります。

証人の跡

古い振り子時計の修理をしていた職人が「ほら」と言って、懐中電灯で小さな傷を照らしました。「証人の跡」と言われるもので、100年以上前の修理でつけられたかもしれない傷だそうです。

神はきよめる

汚れを自ら除去する服ができたらどうでしょう。BBC放送によると、綿についた汚れや匂いが紫外線で無くなるコーティング剤を、中国の科学者が開発したそうです。洗濯が不要の世の中はどんなものでしょう。

神の平安

職場の権力闘争に巻き込まれて、忍耐の数か月を過ごしましたが、心は不思議なほど平安で、不安を感じることなく平静でした。私は生来の心配性です。この平安は、神をおいて他にないと思いました。一方、全てが順調なのに、常に心が騒いでいるという経験をしたこともあります。その原因は、神の力と導きではなく、自分の力に頼っていたからです。振り返ってみると、真の平安、すなわち神の平安は、その時の状況ではなく、神に対する信頼の度合いによると分かります。

祈りの本質

アメリカ合衆国の大統領に就任したリンカーンの仕事は、分断された国のかじ取りでした。彼は賢い指導者で、徳の高い人だったと言われていますが、そのことも、他のことも、ある要素の上に立脚していました。彼は、自分は力不足だと心得ていました。リンカーンはこう述べています。「私は他に頼れるものはないという絶対的な確信で、何度もひざまずきました。その日、その日を乗り越えるには、私の知恵や力は、全く不十分に思えました」

誠実な生き方

クロスカントリーの国際試合で、ケニヤのアベル・ムタイ選手は勝利まで数メートルのところで標識を見誤りました。ゴールの手前でゴールだと思い込み、走るのをやめたのです。ムタイを追ってきたスペイン選手イバン・フェルナンデスはそれに気付くと、腕を前に突き出してムタイをゴールさせました。優勝をゆずった理由を記者たちが尋ねると、ムタイが勝者だと述べ、「あんなことで勝っても何の価値があるでしょう。そのメダルに栄誉があるでしょうか。私の母はどう思うでしょう」と語りました。ある記者は「フェルナンデスは勝利ではなく誠実を選んだ」と報じました。

神をさがせ!

マーティン・ハンドフォードが1987年に発表した絵本、『ウォーリーをさがせ!』のウォーリーは、赤と白の縞柄のシャツ、同じ柄の靴下と帽子、ジーンズ、茶色のブーツ、そして眼鏡を身に着けています。ハンドフォードは、大勢の人がいるにぎやかなイラストの中にウォーリーを巧妙に隠しています。簡単には見つかりませんが、作者は必ず見つけることができると読者に約束しています。神を探すことは、ウォーリーを探すこととは違いますが、神は、必ず見つかると約束しておられます。