個人伝道
ドワイト・ムーディー(1837年-1899年)はキリストを信じてすぐ、福音を毎日、少なくともひとりには伝えようと決心しましたが、忙しくて、忘れることもありました。ある夜、寝床に入ってから思い出し、家を出ましたが、土砂降りの雨でした。こんな夜は誰にも会えないと思っていると、夜道を歩いてくる人がいます。彼は駆けて行って、傘に入れてほしいと頼みました。どうぞと言われると、「嵐のときの避難所はお持ちですか。イエスのことを話してもいいですか」と尋ねました。ムーディは、即座に伝道することを実践したのです。
福音の力
古代ローマには固有の「福音」がありました。詩人ウェルギリウスによると、神々の王ゼウスは、ローマに無限の王国を付与したといいます。神々は、平和と繁栄を築いたアウグストゥスを、神の子、世界の救い主に選んだと。しかし、多くの人にとって、これは「福音」、すなわち良い知らせではありませんでした。むしろ、帝国の軍隊と役人たちの圧制という悲惨な現実でした。帝国の栄光は、支配者の身勝手によって土地を奪われ、人権を踏みにじられ、隷属させられた人々の犠牲の上に立脚していました。
素晴らしい結末
夫と息子はTVのリモコンで気に入った映画を次々に探しては結末ばかりを見ていました。私がイラついて、ひとつをきちんと観ないのかと尋ねると、夫は「素晴らしい結末を見たくないの?」と笑いました。
究極の癒やし主
重度の食物アレルギーに対する治療の効果が出始めたとき、嬉しくてどこに行っても、そのことを話しました。具体的なプロセスや、それを考案した医師について語りました。ついに「癒やし主として称賛されるべきは神だと思うよ」と、友人に意見されました。私は、究極の癒やし主から目を離して、癒やしそのものを偶像化してしまったのでしょうか。返す言葉がありませんでした。
警告を真剣に捉える
海外旅行でスリに狙われました。注意喚起の警告を読んでいたので、気を付けていましたが、実際にスリに遭うとは思いませんでした。犯人は手先が無器用だったと見え、財布は無事でしたが、この経験から、警告は真剣に捉えるべきと学びました。
自然の恵み
私たちは森の奥にどんどん分け入りました。1時間ほどすると滝のごう音が聞こえました。足を速めると、灰色の岩の上から大量の清水が流れ落ちる壮観な風景が現れました。中国雲南省の村の仲間たちはピクニックを計画していると言いました。良い考えでしたが、食べ物がありません。しかし、彼らは森の中に消えて行き、しばらくすると、果物や野菜、魚までも携えて戻ってきました。紫色の小さな花を咲かせた山菜の味は最高でした。
嵐を乗り越える
スコットランド人アレクサンダー・ダフは、1830年、宣教師としてインドに渡ろうとしましたが、南アフリカ沖で海難事故に遭いました。彼は他の乗客や乗務員たちとともに小さな無人島に流れ着きました。ほどなく、ひとりの乗組員が、海岸に打ち上げられたダフの聖書を発見しました。ダフは、聖書が乾くと、生存者たちに詩篇107篇を読み聞かせ、彼らは勇気を奮い起こしました。彼らは救助されましたが、さらなる破船の体験を経て、ついにインドに到着しました。
状況に左右されない平安
爆竹がはじけたような音がして目覚めると、窓ガラスの破片が散らばっていました。ジョアンは、ひとり暮らしの不安を感じつつ、外の様子をうかがおうと起き上がりました。通りに人影はなく、侵入者の気配もありません。しかし、鏡が割れていました。警察を呼ぶと、ガス管から1センチ離れた所で弾丸が見つかりました。もしガス管に当たっていたら、彼女は死んでいたでしょう。それは後に、近所のアパートで起こった発砲事件の流れ弾だと分かりました。ジョアンは家にいることが怖くなりました。そして、心の平安を祈りました。
悲劇の記憶がお祝いに
ウエストバージニア州の小さな村で、1907年12月6日、炭鉱爆発が起こりました。360人の鉱夫が亡くなり、夫を失った250人の女性と、父を奪われた千人の子どもが残されました。歴史家たちは、彼らの追悼式が、米国の父の日のきっかけだと述べています。悲劇の記憶は記念となり、やがて、祝い事になりました。