あわれみを示す
エリック・フィッツジェラルド牧師は言いました。「悲劇が起こり深く傷ついたとき、あわれみを示すことと恨みを晴らすことと、どちらか一方を選べます。私はあわれみを示すことを選びました。」彼の妻は、帰宅途中に疲れて居眠り運転をしていた消防士が起こした事故で亡くなりました。検察官に実刑を望むかと尋ねられ、牧師は、自分が説いてきた赦しを実践することを選びました。そして驚いたことに、ふたりはやがて友人になりました。
きよい器
米国の第41代大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ氏の葬儀で弔辞を述べたアラン・シンプソン元上院議員は、憎しみは己を入れる器を蝕むと語りました。そして、公私両面で憎悪にとらわれず、愛やユーモアを大切にしていた親友を偲びました。彼の言葉は、私たちにも当てはまります。憎しみにとらわれてしまうと、自分が壊れていきます。
神が介入されるとき
オー先生と呼ばれている、オマウミ・エフェイェ師は「その子は愛されている」という自身の出生に関する詩を書きました。両親は何度も中絶しようとしたけれど、不思議にも妨げられ、最後に生む決心をしてくれたと言います。神が命を守ってくださったと知ると高収入の仕事を捨て、宣教の働きを始めました。現在は、ロンドンの教会の牧師です。
竜巻ハンター
報道写真家で竜巻ハンターのウォレン・フェイドリーは、竜巻を追いかけることは、数千キロ四方の大地で三次元チェスをするようなものだと語ります。「砂嵐やソフトボール大の雹、ゆっくり舞う農機具をよけながら、タイミングよくその場に居合わせるのは、予知とナビゲー ションのシンフォニーだ」と言います。
聖霊とともに歩む
作家のマルコム・グラッドウェルは、どんな技術でも一人前になるには1万時間が必要だと述べています。どんな時代の偉大な芸術家や音楽家でも、生まれながらの才能だけでは、一流のレベルに達し得ないと言います。毎日、しっかり練習しなくてはなりません。
歩調を合わせて
電気時計が発明された1840年代と比べて、世の中はずいぶん変わりました。今はスマホやスマートウォッチ、パソコンで時間を チェックし、生活のスピードは上がり、散歩のペースさえ速くなりました。都会では特にそうで、健康に悪いと学者たちは語ります。リチャード・ワイズマン教授は「私たちは、どんどん急ぎ、すぐに返答しようとします。いつも追い立てられているようです」と述べています。
心からの同情
ジェフはイエスを信じて間もなく大学を卒業し、大手石油会社の営業部門で働きました。各地に出張し、色々な人の話を聞きましたが、その多くは心痛むものでした。そして、顧客たちにとって最も必要なものは、石油ではなく心からの同情だと思いました。神のいつくしみが必要だと考え、神について自身でもっと学ぼうと神学大学院に入り、やがて牧師になりました。
賛美の生活
作家ウォーレス・ステグナーは、50歳で亡くなった母親に宛てた手記を記しました。彼は、すでに80歳で、その手記は「遅すぎた手紙」と題されました。彼の母は、西部開拓時代直後の荒っぽい社会で成長し、結婚してふたりの息子を生み、育て上げました。ステグナーは、その母の徳の高さをたたえています。彼女は人をよく励ましました。素行が良いとは言えない人に対してさえ、そうしました。彼は、母の歌声が、彼女の強さを表していたと言います。ステグナーは「あなたは賛美する機会を決して逃しませんでした」と母に語りかけます。彼女は生涯、事の大小にかかわらず、神の恵みを歌で賛美しつづけました。
唯一の王
牧師が、イエスは天を去り地上に来られたと語り、私たちの罪のために死んでくださったことを感謝する祈りをささげました。すると5歳のエルドンは「えっ!死んだの?」と驚きました。