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父の記憶

記憶の中の父は、外で庭仕事か大工仕事、または面白そうな道具のあふれた地下の作業部屋で働いています。父の手はいつも休みなく何かを作っていました。車庫やデッキ、鳥小屋を建てたり、鍵を切ったり、装飾品やステンドグラスのデザインもしました。

綿毛

くまのプーさんには「たとえ、話しかけている相手が聞いていないように見えても、じっと我慢。耳に小さな綿毛が入っちゃっただけかもしれないから」という名言があります。私はだんだんと分かってきました。自分のためになるのに、あなたの忠告を聞かない人の沈黙は、耳の中の小さな綿毛のせいかもしれないし、例えば、心が折れて落ち込んでいるというような、別の原因があるのかもしれません。

祝福されるから

友人と彼女の孫たちと散歩に出ました。友人はベビーカーを押しながら、腕を振れないからスマートウォッチの歩数が増えないとぼやきました。「でも、この散歩は無駄ではないでしょ」と言うと、「ええ。でも、あの金星が欲しいのよ」と笑いました。気持ちは分ります。頑張っても結果が出ないと、がっかりします。しかし、結果はすぐ出るとは限らず、目に見えないかもしれません。

聖霊によって歌う

聖書学者で作家でもあるGキャンベル・モーガンは、20世紀初頭にウェールズで起こったリバイバルの様子を記しています。彼は、聖霊の臨在が聖なる歌の波となって渦巻いたと信じています。音楽が会衆をひとつにして、祈りや告白が自然に始まり、賛美の歌が自発的にささげられました。気分をよくした人が長々と祈ったり、自分勝手な話をしたりすると、誰かが静かに歌い出し、それに加わる人がだんだん増え、やがて他の音が聞こえないほどの大合唱になったそうです。

雲の向こうに

珍しいスーパームーンが、2016年11月に現れました。最も地球に近い軌道を60年ぶりに通過するということで、月はどんどん大きくなるはずです。しかし、私の町の空は灰色の雲が垂れこめていました。別の場所で撮った写真がネットで見られるものの、私は、この雲の後ろにスーパームーンがあると信じるしかありませんでした。

芸術作品

祖母は手芸が得意で、私の人生の節目にはいつも手作りのお祝いをくれました。高校卒業時にはモヘアのセーター、結婚祝いにはキルトをもらいました。そして裏には「祖母より愛を込めて」と刺繍されていました。それを読むと彼女の愛と将来に対する希望を感じました。

嘆きから礼拝に

キムは、2013年、乳がんの治療後4日目に、病気は肺に転移していて3年から5年の余命だと言われました。最初の1年は悲嘆にくれ、涙ながらに神に感情をぶつけていましたが、私が出会った2015年頃には、すでにすべてを神にゆだね、喜びと平安で輝いていました。もちろん辛い日もありますが、他の人を励ます中で、悩みや苦しみは、次から次へと希望に満ちた神への賛美の証しに変えられています。

困難の中で喜ぶ

友人の留守電は「素晴らしい一日を!」と言いますが、自力で毎日を「素晴らしい日」にすることはできません。惨めな状況に置かれることもあるでしょう。しかし考えてみると、物事が順調か否かにかかわらず「人生は捨てたものではない」と感じる美しい瞬間が、どんな日にもあるように思います。

屈しない勇気

大きなホテルの前に1970年代のある日、年配の人が集まり、少し若い人が走り回って荷物の世話をしていました。「あの人たちは?」と尋ねると「牧師たち」との答え。「で、あの若い人は?」と尋ねると、「あれはマルティン・ニーメラー牧師。80歳です。彼は何も恐れないので若々しいのです」と答えたそうです。ドイツの大半の牧師はヒトラーに屈しましたが、神学者でもあったマルティン・ニーメラー師は、勇敢にナチスの悪に抵抗しました。