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思い巡らす

オズワルド・チェンバーズは1911年から1915年までロンドンの聖書学校で教鞭を取っていましたが、講義中に度々学生を驚かせるようなことを言ったそうです。講義後の食事の時間が、ディスカッションに充てられていたので、学生たちは彼に様々な疑問や反論をぶつけました。ある女生徒の回想によると、チェンバーズはにっこり笑って「今はそのままにしておきなさい。そのうちに分かりますよ」と言っていたそうです。チェンバーズは、問題について思い巡らす中で神が真理を啓示してくださる体験をしなさいと学生たちに勧めていました。

豊かさと苦しみ

アン・ヴォスカンプは著書『1000の贈り物』の中で、神がしてくださったことを毎日の生活の中で見つけなさいと勧めています。そうすれば、台所のシンクに虹色の泡ができた、という些細なことから、自分のような罪人にさえ救いが与えられたという大きなことまで、神が様々な形で豊かに施してくださっていることに気づきます。彼女は、感謝の心が、どんな苦境にあっても神を見出す鍵だと言います。

ぴったり追従

空軍基地のそばの我が家の上を3機の戦闘機が轟音を響かせて編隊を組んで飛んでいきました。「わぁ!すごい」と夫婦で見上げました。私はあれを見るたびに「あんなにくっついているのに、なぜぶつからないのだろう」と思います。その理由のひとつは、謙遜さだと言います。先頭のパイロットが正確なスピードと軌道で飛んでいると信じ、後続のパイロットは異議を唱えず先頭につづいてぴったり追従します。その結果、強いチームが生まれます。

クリスマスのラブレター

毎年、クリスマスに妻に手紙を送る友人がいます。一年を振り返り、将来の夢を記します。とても愛していると伝え、なぜそうなのかを語ります。彼は、娘たちにも手紙を書きます。記憶に残る素敵なプレゼントです。

大いなる目覚め

息子たちが小さかった頃、家族ぐるみの友人たちと楽しく過ごした日々がありました。それは、私の大切な思い出です。大人たちは夜遅くまで話し込み、子どもたちは遊び疲れてソファで眠ってしまいました。やがて帰る時が来ると、私は子どもたちを抱いて表に出て、彼らを車の後部座席に寝かせました。そして運転して家に着くと、彼らをベッドに寝かせ、おやすみのキスをし、明かりを消しました。朝になると、子どもたちは自分の家で目を覚まします。

恥から誉れへ

今年もまた、この時期が来ました。家族や親戚が集まる年末年始、独身者や子どものいない人は、「あなたを心配している」と、いつもの質問を繰り返す人にへきえきとさせられます。今でさえそうなのですから、長年の結婚生活で子どもに恵まれなかったエリサベツの苦悩はいかばかりでしょう。当時、不妊は神に嫌われた印で、恥だと思われていました(Ⅰサム1:5-6)。エリサベツは敬虔な人でしたが(ルカ1:6)、隣人や親戚は疑っていたかもしれません。しかし、エリサベツと夫は神に忠実に仕えつづけました。そして、老年になってから奇跡が起こりました。祈りが聞かれたのです(13節)。

鏡と聞く耳

ウガンダの首都カンパラでセミナーに参加したときのことです。ホテルまで迎えに来てくれた主催者の女性は、私を一瞥して、にやりと笑いました。「何かおかしい?」ときくと「髪をとかしましたか?」と尋ねられました。うっかりしていました。ホテルの鏡で自分の姿を確認したのに、なぜ気づかなかったのでしょう。

美しいモザイク

イスラエルのエン・カレムにある訪問教会の庭には67枚のモザイク版があり、ルカの福音書1章46節から55節のみことばが多くの言語で記されています。このみことばは、救い主の母になると知らされたマリヤの喜びの応答で、ラテン語で「讃える」を意味する「マニフィカト」と伝統的に呼ばれています。「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。…力ある方が、私に大きなことをしてくださいました」(46-49節)。これは、彼女とイスラエルの民に対する神の真実をたたえるマリヤの賛歌です。

天国の愛の歌

ソングライターのビリー・ヒルは、1936年に「グローリー・オブ・ラブ」、日本語に訳すと「愛の栄光」という曲を発表し、それは大ヒットしました。人々は、たとえ些細なことでも、互いを愛し、親切な行いをする喜びをたたえる、この歌を口ずさみました。50年後、作詞家のピーター・セテラが同じ題名の歌を作りましたが、それは恋の歌です。永遠にともに暮らし、互いを知り、どんなことも愛の栄光のために行うという恋人たちをイメージしています。