神の指の跡
リーゴン・スティーブンズは経験豊かな登山家で、兄のニックと登っていました。ふたりで北アメリカの最高峰マッキンリーに登頂したことがあります。ところが2008年1月、彼らはコロラドの山で雪崩に遭って滑落し、ニックは負傷、20歳のリーゴンは亡くなりました。後にリーゴンのサックから日記帳が見つかり、ニックはその内容に深く慰められました。そこには次のような内省と神に対する賛美がいくつも記されていました。「私は神の作品だ。神の名が刻まれている。しかし、未完成だ。実際、神はまだ造り始められたばかり…。私の上には神の指の跡がある。私は唯一無二の存在…。この人生には私にしかできない仕事がある。」
神の約束を信じる
友だちは子どものころ「信じて」飛び降りるなら、傘が彼女を支えてくれると兄に言われ、「信仰をもって」納屋の屋根から飛び降りたところ、気絶して軽い脳しんとうを起こしたそうです。
みもと近くに
娘を学校に送った後、20分ほどの道のりを歩いて帰ります。この時間を使って聖書のみことばを暗記することができます。もちろん、やる気が必要ですが…。このときに繰り返し心の中で唱えたみことばが、その日の後になって、ふと思い浮かぶことがよくあります。そうすると安心感に包まれたり、知恵が与えられたりします。
世界が始まる前に
日曜学校のおませな生徒たちは、「永遠の神」という話をすると必ずこう質問します。「神さまに始めも終わりもなくて、ずっとずっといたのだったら、世界を造る前は、神さまは何をしていたの?」私は今まで、「それはね、神の不思議というものですよ」と答えてきましたが、最近、聖書に答えを見つけました。
視点を変えて
私たちの町は30年ぶりの厳しい冬を過ごしました。連日の雪かきで筋肉痛になり、いくらかいても減らない雪にうんざりしました。しかし、一段落して長靴を脱ぎ、家に入ると、暖かな暖炉とそれを囲む子どもたちがいます。安全な家の中から窓の外の景色を眺めると、視点も気分も変わり、かき残した雪にいら立つのではなく、美しいモノトーンの雪景色を楽しむことができました。
神を待ち焦がれる
ある日、娘が1歳になる孫を連れて遊びに来ました。ちょうど私は用事で出かけるところでしたが、部屋を出た途端に孫が泣き出しました。それで引き返して相手をすると泣き止みましたが、出かけようとするとまた泣き出します。3度目にドアを開けたところ、小さな唇が再び歪みました。ついに娘が「お父さん、連れて行ったら?」と言ったのです。
期待して待つ
英国のオックスフォードでは、大勢の人がメーデー(5月1日)の夜明け前に集まり、ともに春を迎えます。朝6時にマグダレン塔の上でマグダレンカレッジ合唱団が歌います。その歌声と鐘の音によって暗い夜が明けるのを、集まった大勢が今か今かと待つのです。
鎖を壊して
ザンジバル島のストーン・タウンにあるクライスト・チャーチ大聖堂を見学し感動しました。この地はかつて東アフリカ最大の奴隷市場でしたが、その地に大聖堂が建てられました。建築家は、この作品を通して、福音が奴隷の鎖を打ち壊したことを示そうとしています。ここはもはや、残虐非道な行いの地ではなく、神のあわれみが映し出される地になりました。
イエスをしっかり見る
私が子どもの頃に通った教会のジャスティスさんほど誠実な人はいません。妻を大切にし、郵便局員として真面目に働き、日曜日は教会で奉仕しました。先日、この教会に行ったとき、ピアノの上のベルに気づきました。礼拝の始まりにジャスティスさんが鳴らした、あの年季が入ったベルです。彼はずいぶん前に天に召されましたが、誠を尽くすという彼の遺産は、この教会に脈々と受け継がれています。