シモンの答え
レフュジ・ラビンドラナスはスリランカで10年以上、中高生伝道をしています。彼らの話に耳を傾けたり、相談に乗ったり、ただ楽しく過ごしたりします。彼は中高生たちが大好きで、夜遅くまで奉仕することもあります。しかし、将来有望な生徒が信仰から離れていくと挫折感にかられ、自分はルカの福音書のシモン・ペテロみたいだと思うこともあると言います。
喜びと苦しみ
幼い息子が初めてレモンをかじったとき、鼻にしわを寄せて目をつぶり、舌を出すと「すっぱ〜い!」と叫びました。私は笑いながらレモンを捨ててあげようと手を伸ばしました。しかし、彼は「だめ!」と言って逃げ出し、顔をしかめながら全部食べると、皮だけを私に渡して去っていきました。私の顔も酸っぱさにゆがみました。
日々の祈り
歌手で作曲家のロベルト・ハムレットの母親は、毎朝、息子たちがバス停に向かう前に必ず祈っていました。ハムレットは「私のために祈る人」という曲を作り、母親にささげました。この歌を聴いた女性が、息子を送り出す前に彼と祈るようにしたところ、ある朝、嬉しいことが起こりました。息子は出かけて5分ほどすると、数人の友だちを連れて戻って来ました。びっくりして何事かと尋ねると「この子たちはまだ、祈ってもらっていないんだ」と答えたのです。
レースを完走しよう
リオ五輪でふたりの選手が世界中を感動させました。陸上女子5千メートルでニュージーランドのニッキー・ハンブリン選手とアメリカのアビー・ダゴスティーノ選手は、およそ3200メートル地点で接触し転倒しました。アビーは先に立ち上がりましたが走り去らずにニッキーを起こしました。しかし転倒で右足を痛めたので、走り出すとよろめきました。すると今度はニッキーが立ち止まり、アビーを励ましました。そして、よろめきながらゴールした彼女をしっかりと抱き止めたのです。何と麗しい姿でしょう。
父親の名前は何ですか?
中東のある国で携帯電話を購入した時、カウンターの担当者に住所、氏名、国籍という典型的な質問をされました。しかし、「父親の名前は何ですか」という質問には驚き、なぜそれが重要なのだろうと思いました。私の育った社会では、父親の名前は身元確認に必要ではありませんが、この地では必須事項でした。世界には家系が重要だという文化があります。
王がおられる
思うように事が運ばず夫に八つ当たりすると、それは罪だと聖書のみことばから聖霊に示されましたが、その権威を無視してしまいました。夫婦関係を悪くしたり、神に反抗したりしてまで自分のプライドを守ることにどんな価値があるでしょう。全くありません。神と夫に赦しを求めるまでに十分なダメージを残してしまいました。
しばらくとどまる
指輪物語の三部作について話していたとき、10代の男の子が、映画より本の方が好きだと言いました。理由を聞くと「本ならば、その世界の余韻に好きなだけ留まれるから」と答えました。本の余韻に浸る、特に聖書の場合は、みことばを思い巡らし、そこに記されている物語の中に入り込むことは有益です。
分かってくださるお方
ジョン・バブラーは、テキサス州のある町の警察署と消防署でチャプレン(職場の牧師)ですが、長期の特別休暇を利用して警察官訓練所に通いました。自分が仕えている人たちをもっと理解したいと思ったからです。候補生たちとともに過ごし、警察官が直面する厳しい課題について学んだことで、バブラー牧師は更なる謙遜と共感を身につけました。今後は、精神的ストレス、疲労、喪失にさらされる警察官を、より効果的に支援したいと願っています。
神を見ること
神の絵を描いているという少年がテレビ番組に登場したときのことを、牧師で作家でもあるアーウィン・ラッツァーが語っています。司会者が「神の姿を誰も知らないのだから、神の絵なんて描けない」と言うと、少年は「全部終わったら、きっと分かるよ」と宣言しました。