苦しみの中で神を賛美する
癌だったと母に告げられ、動揺したくなかったのですが、涙が止まりませんでした。癌の告知など1度でも辛いのに、3度目の再発でした。マンモグラフィと生体組織検査で、脇の下に悪性腫瘍が発見されたといいます。
神の声を聞く
父は昔、難聴の不便さを語っていましたが、私も年配になり、今では補聴器をつけています。補聴器は非常に役立ちますが、騒々しい場所は例外です。室内のすべての音を拾い上げてしまうので、目の前で話している人の声が聞き取れないのです。
本当にすごい
すべての人は、罪を犯したので、神から…を受けることができない(ロマ3:23)。御子は神の…の輝き(へブ1:3)であり、私たちはこの方の…を見た(ヨハ1:14)。…は幕屋に満ちており(出40:34-35)、イスラエル民族はそれによって導かれた。世の終わりの時、…が燦然と輝き、もはや太陽は不要になる(黙21:23)。これらの文章で空欄…になっている個所に当てはまる単語は何でしょう。その答えは「神の栄光」です。神は何と素晴らしいお方でしょう。
世界の宝
ミケランジェロのダビデ像の写真を無断で編集し自社の広告に用いた会社に対し、イタリア政府と美術館が抗議しました。文化庁の担当者は、ダビデが石投げではなく軍用ライフルを肩にかついだ写真について「金槌で像を叩き壊すよりもまだ悪い」と語りました。
雪のように白く
昨年12月、私たち家族は山岳地に行きました。私たちは常夏の地域で生まれ育ち暮らしてきたので、本物の雪を見たのは生涯初めての体験でした。地面に積もった白い雪を見ながら、夫が「『さあ、来たれ。論じ合おう』と主は仰せられる。『たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる』」(イザ1:18)のみことばを口にしました。
すぐに駆け付ける
母が癌だと言われたとき夫は職場にいました。それで伝言を残して友人や親戚に電話をしました。しかし誰もいません。震える手で顔をおおい泣きました。「主よ、助けて下さい」すると「私はここにいる」と返事があったように感じ、孤独な瞬間でさえ、慰めがありました。夫が帰宅し、親戚や友人が心配して連絡してきてくれたのはありがたいことでした。しかし、ひとりで悲しみに耐えていたときに神の臨在を感じたことで、私は、いつどこで助けを求めても、神は必ずすぐにそばにいてくださると確信しました。
子どものように
ずいぶん昔のことですが、就寝前の祈りの後、2歳の娘が「ママ、イエスさまはどこにいるの」と尋ねました。妻は驚いて「天国よ。それから、どこにでもよ。今ここにもおられるわ。お願いすれば、あなたの心の中にもいてくださるのよ」と言いました。「イエスさま、私の心にいて欲しい」と娘。「いつかお願いしましょうね」と妻が応じると、娘は「今、お願いしたい」と答え「イエスさま、私の心に来て、いっしょにいてください」と祈りました。それが彼女の信仰の始まりでした。
喜び
私は年齢を重ねていくことを意識するようになりました。今、人生の「冬」の季節に向かって足早に進んでいます。まだ「老い」の領域に達してはいませんが、時の流れがあまりに速く、戸惑うことがあります。
そんな私を支えるのは喜びです。今日という日は主にいただいた新しい日です。私は詩篇の作者とともに「主に感謝するのは、良いことです。…朝に、あなたの恵みを、夜ごとに、あなたの真実を言い表すことは」(詩92:1-2)と語ります。
私の人生にも数々の闘いがあり、周りの人の痛みや困難に押し潰されそうになることもあります。しかし私は、詩篇の作者とともに、主の御手のわざを、喜び歌います(詩92:4)。私は、家族、友だち、満足な仕事という祝福をいただいていることに喜んでいます。神の創造の不思議と神の霊感によるみことばがあるので喜びます。イエスに愛され罪をあがなわれたので喜びます。また、神が聖霊をくださったので喜びます。聖霊は真の喜びの源です(ロマ15:13)。主がおられるので、信じる人は「なつめやしの木のように栄え、…年老いてもなお、実を実らせ」ます(詩92:12-14)。
どんな実が実るのでしょう。私たちは年齢や状況に関わらず、自分の生き方や発言によって、神の愛の模範になることができます。神を深く知り、神のために生き、神を語る者とされる人生には喜びがあります。
聖なるかな、聖なるかな
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう…。そのとおりだと思います。好きな仕事をしたり、気の合う人と過ごしたり、人生が順風満帆のとき、時間は瞬く間に過ぎ去ります。