知らないふりはやめる
どうやって私のことを調べるのか、退職金の運用を指南する講演会の案内が、次から次へと送られて来るようになりました。数年前から始まったのですが、どれも「老後の備えはしていますか」と告げています。今までは無視してきましたが、どれかに参加する日も遠くないでしょう。行動しなくてはならない時が来たのですから。
前向きな繰り返し
あるジャーナリストには、青いペンを使わないという奇妙な癖がありました。ある日、同僚が「買い物に行って来ますが、何か必要なものはありますか?」と尋ねると、ペンをお願いしたいが、「青以外を」と言いました。「青はいらない。青は嫌いだから。青は重すぎる。ボールペンを12本、買ってください。でも、青はいらないから」と言いました。さて翌日、同僚がボールペンを持って来ましたが、なんと全部青でした。説明を求められると、「だって、青、青って何度も言うから。それだけが印象に残っちゃったんですよ」と弁解しました。言葉の繰り返し効果は、てきめんでした。しかし残念ながら、狙った効果の逆でした。
深く愛されて
昔ボストンで働いていたとき、職場からグラナリー墓地が見えました。そこには、アメリカ独立宣言に署名したジョン・ハンコックやサミュエル・アダムズの墓石があり、彼らの伝令を務めた愛国者ポール・リビアの墓碑もそのそばにあります。しかし、この3人が広い墓地のどこに埋葬されているのか、今では誰にもわかりません。墓地の景観を一新したり、芝刈り機がスムーズに動けるように、多くの墓碑や墓石を何度も動かしたためです。ここには約2,300基の墓碑がありますが、実際には5千名あまりが埋葬されているといいます。死んでさえ、十分に知られない人生があるということなのでしょう。
見上げる
サージカル・テクノロジー・インターナショナル誌によると、うつむいてスマホを見るのは、約27キロの重りを首にぶら下げているのと同じだそうです。世界中の何千万人もの人が一日平均2~4時間、スマホで何かを読んだり書いたりしています。その結果、首や脊椎に問題のある人が増えるのではないかと心配されています。
やめるな
フローレンス・チャドウィックは1952年、カリフォルニアの海岸からカタリナ島まで約42キロを泳いで横断しようと試みました。しかし、15時間後、濃霧に視界がさえぎられると方向感覚を失って、断念せざるをえませんでした。悔しいことに、ゴールまでわずか1.6キロでした。
寄留者と旅人
自転車を止めて、ケンブリッジの地図を広げました。方角感覚の良い方ではないので、古い建物に囲まれた迷路のような道では迷子になりそうでした。私はイギリス人と結婚したばかりで、この地で、のどかに生活するはずでした。しかし実際は、流れ者のような気分でした。黙っていれば周囲に溶け込んでいても、口を開けばすぐ、アメリカ人観光客だとよそ者扱いされるように感じました。また、ふたりの頑固な人間が共に生活するのは、予想以上に難しいと気づき始めたころでした。
入る権利
ジェニーの家は田舎の小さな道沿いにありますが、朝夕は、近くの幹線道路の混雑や信号待ちを避けようとする車がたくさん通ります。数週間前、傷んだ路面を修理するために、作業員たちが大きな柵と「進入禁止」の標識を持って来ました。ジェニーは言いました。「初めは本当に心配でした。工事が終わるまで、自分の車を出せないのかしらと思ったからです。でも、標識をよく見たら、『住民に限って通行許可』とありました。私は住民ですから大丈夫です。好きなときに出入りする権利がありました。何だか、特別になった気分でした。」
豊かな供給
私たちは庭にハチドリ用のえさ入れを置いて、小さな鳥が来て砂糖水を飲む様子を楽しんでいます。ところが最近、中身を補充するのを忘れて旅行に出てしまいました。帰って来たら、えさ入れはすっかり乾いています。私は、「かわいそうに。私が忘れたせいで、鳥たちは栄養を取りそこねた」と思いました。しかしすぐに、鳥を養っているのは私ではなく、神だと気づきました。
敬意を保って
紀元前500年代の終わりごろのことです。イスラエルの民は、紀元前586年にバビロンに破壊された、神殿を修復しようとしていました。ところが当時、その地方の総督だった人は、神殿の再建が許可されているかどうか分からなかったので、ダリヨス王に手紙を書きました(エズ5:6-17)。彼は、ユダの人たちが神の宮の工事を進めていることを報告し、これは許可された工事なのでしょうかと王に尋ねました。