休息の木
私の仕事場の向かい側のとうもろこし畑には、不思議な光景があります。農場主は一帯の木を切り倒してとうもろこしを育てているのですが、不思議なことに、畑の中に1本だけ木が残っていて大きく枝を広げています。しかし、謎が解けました。その木には目的があったのです。
お心ひとつで
モリーはパパに助けて欲しかったのですが、言い出せませんでした。パパはパソコンで仕事をしているときは、邪魔されたくないのです。今、話しかけると機嫌をそこねるかもしれないと思って、できませんでした。
遅すぎる
私は大学で文筆の講義をしていますが、毎年一回生には、課題の提出期限を厳守するように伝えます。次々に与えられる課題を、期限内に提出しなければ及第できないと警告します。しかし、ほとんど毎年、私の言ったことを言葉どおりに取らない学生が現れます。このような学生は、最後の授業が終わったあとで、慌てふためいたメールを送ってきて、するべきことをきちんとできなかった理由を述べたてます。私はこう告げざるを得ません。「残念だけど、遅すぎたよ。君は落第だ。」
問いつめられる
アメリカの南北戦争で北軍将校だったルー・ウォーレスは戦後、列車の中でかつての同僚、ロバート・インガーソルに会いました。ウォーレスはクリスチャンでしたが、インガソールは不可知論者として有名でした。ふたりの会話が信仰のことになったとき、ウォーレスは、インガソールの投げかける問いや疑いに自分は答えられないことを悟りました。そして、自分の信仰についてよく分かっていないことを恥じて、答えを見つけるために懸命に聖書を調べました。その結果が、あの有名な歴史小説「ベン・ハー:キリストの物語」です。彼はこの物語の中で、イエスが救い主であることを確信を持って告白しています。
愛することを学ぶ
ノルウェーの宣教師ハンス・エーゲデは1721年、グリーンランドに赴きましたが、先住民イヌイット族の言語が分かりませんでした。彼は時として威圧的で、人に優しくすることができませんでした。
親切な行い
友だちと旅行をしているとき、道路脇に立ち往生している家族に出くわしました。友人たちはすぐに車を寄せてその家族を助け、車のエンジンがかかるようにし、その夫婦と話をしてガソリン代を手渡しました。何度もお礼を言う妻に対して彼らは、「お役に立ててうれしいです。イエスの御名によってしたことです」と答え、その場を立ち去りました。彼らが困っている人を助け、カンパまでして、親切の源はイエスだと当然のように言う姿は、何とも印象的でした。
死に打ち勝つ
私は先日、「アナスタシス」という題名の古いフレスコ画に深く感動しました。 アナスタシスとは「よみがえり」という意味で、死を打ち負かしたイエスの大勝利を描いています。墓から出てきたばかりのイエスが、アダムとエバを棺桶から引き出して永遠のいのちに導いておられます。彼らの堕罪の結果としてもたらされた肉体とたましいの死が、キリストのよみがえりによって反転されたことを実に見事に表しています。この絵の素晴らしさは、何と言ってもそこです。
毎日がイースター
幼稚園で教えている友だちが、子どもたちのかわいいおしゃべりを耳にしました。マリアがみんなにこう質問しました。「かみさまが大好きな人はだぁ~れ?」「は~い!」「ぼくも!」「わたしも!」するとビリーが言いました。「ぼくはイエスさまが好きだな。」「だけどイエスは死んじゃったよ」とケリーが反論します。しかし、ビリーは答えました。「そうさ。でも、イースターのたびに生き返るんだ。」
わたしは生きている
政府のデータベース上で、誤って死亡と記載された人は2011年には1万4千人いました。ローラ・ブルックスは、自分がそのうちのひとりであることを知りませんでした。彼女は52才でふたりの子どもがいました。身障者手当の受給が止まったり、ローンの返済や家賃の支払いの小切手が不渡りになって戻ってきたりしたので、いったい何が問題なのだろうと思いました。ローラは事の次第を問い合わせようと銀行へ行きました。すると、銀行の担当者は、彼女が死亡したので口座は閉じられたと言うではありませんか。明らかに間違いです。