ゾウの助け合い
ある夜、ケニアのゾウ保護施設に、子ゾウが井戸に落ちたと救助要請がありました。救助チームが出動すると、鼻の3分の2をハイエナに食べられた子ゾウが、暗闇の中で絶望の叫びを上げていました。安全な保護区に移送された子ゾウは、ロングロと名付けられました。「切断されたもの」という意味です。ロングロは癒やされ、鼻が3分の1しかなくても保護区で群れの仲間になりました。ゾウは本能的にお互いの必要性を認識しているので、助け合うのです。
イエスのために共に働く
短期伝道旅行でブラジルに行き、アマゾンのジャングルで教会堂の建設に関わりました。土台はできていたので、柱、壁、窓、鉄の梁(はり)、屋根瓦などを、巨大なレゴを組み立てるように合わせて、最後に壁を塗りました。雨季の最中の建設作業を心配する人たちもいましたが、神の恵みで、豪雨は免れました。さまざまな障害はありましたが、地元の人たちの助けも得て、記録的な速さで完成させました。
行動する愛
病院でマーガレットのベッドの横に座り、患者や医療スタッフ、見舞客が行き来する様子を眺めていました。すると同室の女性の娘さんが「次々に来るお見舞いの人たちは誰ですか?」と尋ね、マーガレットは「神の家族よ」と答えました。彼女は、そんな光景は見たことがないと言い、まるで愛が手で触れられるかのように流れている、と語りました。マーガレットは笑顔で「その源泉は御子イエスを通して現れる神の愛ね」と答えました。
イエスと共に
楽しい週末をニューオーリンズで過ごしました。思いがけずパレードに遭遇し、初めて焼き牡蠣(かき)を食べました。しかし、床に入ると、家族が恋しくなりました。遠くの町でみことばの奉仕ができるのはうれしいですが、我が家に勝る所無しです。
互いから学ぶ
以前、まだZoomが広まっていない時、友人がビデオ通話で仕事の話をしようとメールしてきました。そして、返事の文面に私の戸惑いを察知すると、身近にいる若者にセットアップの仕方を教えてもらうように提案しました。
謙虚なヨルン
小作人のヨルンは、弱視で健康に問題もあり、大したことはできないと思われていました。しかし、彼はノルウェーの故郷の村人に献身的で、痛みで眠れない夜はいつも、彼らのために祈りました。村の家を一軒ずつ思い浮かべ、村人の名前を一人一人挙げて、面識のない子どもたちのためにさえ祈りました。村人は彼の優しい心根を愛し、知恵や助言を求めました。仮に、具体的な助けが得られなくてもヨルンの愛を感じ、祝福された気分で帰っていきました。ヨルンは身寄りがありませんでしたが、亡くなった時、葬儀には過去になく大勢が参列しました。また、彼の祈りは花開き、想像以上の実りをもたらしました。
キリスト者の協働
ミクロネシアのある島に3人の遭難者がいました。当時は感染症のまん延で接触制限があったので、彼らの救援にはチームワークが必要でした。第一発見者のパイロットは、近隣にいたオーストラリア海軍の船に無線で連絡し、その船から2機のヘリコプターが、水や食料、医薬品を遭難者に届けようと飛び立ちました。次に、アメリカ沿岸警備隊が彼らの無事を確認して無線機を届け、最後に、ミクロネシアの警備艇が彼らを最終目的地まで送り届けました。
教会の多様性
大学教授のダニエル・ボウマン・ジュニアは、自著『スペクトラム:自閉症、信仰、そして多様性という賜物』で、自身の教会での奉仕経験について次のように述べています。「自閉症の人が何かするときは、毎回、新しい道を構築しなければなりません。心と身体のエネルギー、充電のチャンスの有無、知覚の刺激や居心地の良し悪し、時間帯、面倒くさい人だと排除せず強味を評価し特異な必要に配慮し支援してくれるか否かなど、いろいろ考慮します。奉仕の決断は、自分の時間とエネルギーを新しいことに向けます。多くの人にとって、それは適応不能なことではないでしょう。しかし、私にとっては不適応やパニックの要因になるかもしれないのです」
キリストの共同体
ジョードンは言いました。「成功する唯一の方法は、妻や子どもたち、家のことを忘れることだと分かっていた。でもそれはできない。僕の心には、彼らが刻まれているのだから」と言いました。ジョードンは、人里離れた極限の環境で、誰が一番長く持ちこたえるかというリアリティーショーに参加していました。彼を離脱させたのは、熊でもいてつく寒さでもけがでも空腹でもありません。圧倒的な孤独感と家族を恋しく思う気持ちでした。