人生の嵐に立ち向かう
その夜、テネシー州メンフィスは雷鳴轟く嵐でした。1968年6月4日、キング牧師は疲労で体調も悪く、ストライキ中のゴミ収集作業員を支援する予定の集会はできないと考えていました。しかし、悪天候を物ともせず大群衆が会場の教会に向かっていると聞き、驚いて駆けつけ、「私は山の頂きに立った」という有名な演説をしました。翌日、キング牧師は銃弾に倒れましたが、この演説は、今も抑圧にあえぐ人々を「約束の地」の希望で励ましています。
意見の違う人
ツイッターのおかげで、世界中の人々が、自分の意見を短文で表せるようになりました。しかし、近年は、自分と違う考え方やライフスタイルの人を非難する道具になってしまい、ややこしい状況です。毎日のように誰かが「トレンド入り」していて、その名前をクリックすると、どんな問題であれ、何百万という人々が意見を書き込んで論争しています。
打たれ強い信仰
シルバーレイクの北岸に沿って立つ砂丘は、近隣の家屋を脅かしていました。住民らは侵食してくる大量の砂を取り除こうと奮闘しましたが、立派な家が眼前で砂に埋もれていくのを傍観するほかありませんでした。破壊されたコテージの瓦礫の撤去を監督していた地元の役人は、回避不能の事態だったと断言しました。どれほど頑張っても、砂丘が強固な地盤になることはありません。
和解
サイモンとジェフリーの関係は、長年、崩れたままでした。サイモンは関係を修復しようと試みましたが、ジェフリーは受け入れませんでした。しかし、ジェフリーが母を亡くしたと聞くとサイモンは遠方から葬儀に駆け付けました。サイモンは二人の再会について語ります。「どういうことになるか想像もできませんでしたが、葬儀の後、心を開いて実のある会話ができました。私たちはハグをして言葉を交わし、祈り、再会の約束をしました」。もっと早くに仲直りをしていたら、もっと早く楽になっていたかもしれません。
恐れることはありません
スヌーピーの漫画に登場するライナスは、青い毛布を肌身離さず持ち歩いていて、これがないと不安をあらわにします。彼の姉ルーシーは、とりわけこの「安心毛布」を嫌っていて、埋めたり、凧にしたりなどして、捨てようとします。ライナス自身も、毛布に執着してはいけないと考えて手放そうとしますが、結局、できないのです。
反対されても信じる
エスタはキリスト信仰に反対するフィリピンのある部族の一員ですが、生命にかかわる病気が伯母の祈りによって癒やされたことがきっかけで、イエスを救い主と信じました。今は地元で聖書の勉強会を主催しています。襲うとか殺すとかと脅迫されますが、「私はイエスについて人々にお伝えせずにはいられません。なぜなら、神の力、愛、親切、そして誠実さを自分が体験したからです」と語って、喜んで神に仕えています。
生き抜く力
父は2006年に神経系の病気になりました。記憶力低下、言語障害、運動障害が起こり、2011年に寝たきり状態になって以来、母が自宅で介護しています。発症当時は不安で真っ暗闇にいるようでした。私は介護について何も知らず、家計や母の健康も心配でした。
何ものも引き離せない
プリスの父は牧師でしたが、神の求めに応じて一家で辺境の地に行き、以前は家畜小屋だった廃屋に住みました。幼い頃、藁ぶき屋根から雨水がこぼれ落ちる中、床に座ってクリスマスの賛美をささげたと言います。父は「貧しいからといって、神に愛されていないわけではないよ」と語りました。
悲しみの用語集
ヒューとディーディー夫妻は、我が子を天国に送りました。その時、自分たちのことは何と呼ぶのだろうと思いました。配偶者を亡くした人は寡婦、または寡夫、両親を亡くした子は孤児です。しかし、我が子を亡くした親には呼び名さえなく、虚無感だけが残りました。流産、死産、乳幼児突然死、事故、病気、自死。この世から自分の子どもが奪われたなら、残された親は悲嘆に暮れるだけで、呼び名さえありません。