最終決定
学生の頃、好きな人がいました。サラリンという名で、笑顔が素敵な人でした。しかし、気持ちを打ち明けることなく、それぞれの道に進み、やがて疎遠になりました。よくあることです。
そっちは滑りやすい
スキーの初心者だった時、こんな経験をしました。ある日、息子の ジョシュについて、なだらかに見える斜面を滑っていました。私の目は息子の背中を追っていたので、彼が急斜面に入ったことに一瞬気づきませんでした。そして、突然コントロールを失い、猛スピードで斜面を下りました。最後はもちろん、雪の中に突っ込みました。
声を使って
世界的なピアニストに会わせてあげると言われました。私は音楽漬けで育ち、バイオリンとピアノを弾き、独唱者として教会等で歌ってきたので、このチャンスに興奮しました。
彼に会ってみると、ほとんど英語が通じないと分かりました。そして何と、私にチェロを渡して、弾けと言います。そうすれば、ピアノで伴奏するからというのです。私はチェロを弾いたことがありません。それで、バイオリンの弾き方を真似てキーキーと音を出しましたが、ついに訳が分からなくなったと認めて、別れました。
そして目が覚めました。すべては夢だったのです。けれども、どうして夢の中で、「歌ならできます」と言わなかったのだろうという思いが残りました。
神は、他人の益のために用いなさいと(Ⅰコリ12:7)、私たちの才能や霊の賜物を育てる道をくださいます。祈り心で聖書に親しみ、賢い指摘に耳を傾けることで、私たちは自分の賜物が分かってきます。それぞれの賜物が何であれ、時間をかけて見つけ、用いなさいと使徒パウロは諭します。霊の賜物は御霊がみこころのままに分け与えられたのです(11節)。
神に誉れを帰するために、そして、イエスを信じる人々に仕えるために、聖霊にいただいた「声」を用いましょう。
出直す
廃棄自転車を修理して、貧しい子どもたちに無料で提供する店が近所にあります。創業者アーニー・クラークは、ホームレス、障害者、市民生活に順応できない帰還兵などにも再生自転車を寄付します。自転車に第二の人生があると同時に、それをもらった人が、再出発することもあります。ある帰還兵はこの自転車のおかげで就職の面接に行くことができました。
落ち着きなさい
ディズニー映画「ビアンカの大冒険」で、ケガをしたアホウドリのウィ ルバーに医者が「リラックスしましょう」と軽く言いました。すると嫌々やって来た気の立ったウィルバーは「リラックスしていますよ。…これ以上リラックスしたら死んでしまいます」と皮肉を言い、ますます興奮していきます。医者のうさんくさい治療法を見たウィルバーの不安はもっともですが、その光景は滑稽です。本当に危機なのか否かは別として、私たちがうろたえたときの姿を映しています。
恵みに触れられて
レイフ・エンガーの小説「ギボンの月の下で」の登場人物ジェレマイア・ランドは、学校の用務員で、3人の子どもを男手で育てています。彼は奇跡の信仰の持ち主ですが、その深い信仰は随所で試されます。
疲れていますか?
ザック・エスワインは、著書「不完全な牧師」の中で、精神的に、 1時間で1日分の仕事をしたと感じる時がある、と書きました。彼は牧師の仕事について語っていますが、実際は、どんな仕事をする人にでも当てはまることです。重苦しい役目は、肉体的、精神的、霊的に消耗させ、ただただ眠りたいと思わせます。
悲しい話
長年、隠されていた悪事、すなわち男性たちが立場を利用して女性にセクハラをしていたことが、各所で明るみになりました。私が敬っ ていたふたりも加害者だと証明され、重い気持ちになりました。現代のキリスト教会もこの問題と無関係ではありません。
「しかし、…」
私たちは、2017年、ハリケーン・ハービーの被災地ヒューストンで復興ボランティアをしました。現地の人の励ましになればと願っていましたが、被害を受けた家や教会に被災者とともに立つと、信仰が試されているように感じ、また、強められもしました。