神に命を救われた
アロン(仮名)は15歳のとき、サタンに祈り始めました。手を組んだと感じたと言います。そして、うそをついたり、家族や友人を操る小細工をしたり、万引きをしたりしました。悪夢でサタンに死ぬと脅されましたが、死にませんでした。アロンは、サタンがうそつきだと振り返ります。
脱出
アガサ・クリスティーの小説「複数の時計」の連続殺人犯は、元々ひとりの人を狙っていましたが、その殺人を隠すために、次々と人を殺します。探偵ポワロに迫られると「ひとりだけ殺すはずだった」と告白しました。
ゆがんだ塔
嵐の影響で教会の尖塔がゆがんだと友人が言いました。危険なので、当然、教会はすぐに修理しましたが、そのみっともない姿に、ちょっと考えました。しばしば教会は、完璧な姿で行くべき場所だと思われます。自分の弱みを見せてよいとは思っていないでしょう。
何もかも失ったとき
半年でジェラルドの人生は激変しました。経済危機で事業と財産を失い、息子を事故で亡くしました。母はショックから心臓発作で死亡、妻はうつ病になり、ふたりの娘たちは深く傷つきました。「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか」(詩22:1)というみことばを繰り返すほか、何もできませんでした。
優しく指摘する
風景画のクラスで最初の課題を描きました。経験豊かなプロの画家に批評してもらう段になり、酷評されると思いましたが、「色使いと、解放感は良いですね。遠くの木々の色をもう少し薄く、原っぱの草は、端をもっと柔らかく描いてください」と言われました。彼には私の絵を酷評する知識や権威がありましたが、優しい態度で的を射た批評をしてくれました。
切望の石
ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアは「ああ、すべての埠頭は切望の石」と書きました。船は出て行き、埠頭は別離とあこがれを胸に立ち続けます。私たちは、失ったもの、手の届かないものを思って悲しみます。ポルトガル語の「切望」は、望郷の痛みを意味します。詩人はその切なさを記したのです。
涙の海
マサチューセッツ州ボストンに「涙の海を渡る」という銘板がありますが、これは1845年から数年続いたアイルランドのジャガイモ飢饉の際に、勇敢に大西洋を渡った人たちを記念しています。この災害で100万人以上の人々が亡くなり、更に100万人以上の人々が故郷を捨て、海を渡りました。この状況をジョン・ボイル・オライリーが「涙の海」と詩的に名づけました。彼らは、飢餓と苦悩に追い立てられながら、必死に希望を求めたのです。
大きな影響を与える
いつもと変わらない朝が、あんな恐ろしい日になるとは。エスター (仮名)ら数百名の女生徒たちは、全寮制の学校から過激な宗教武装組織に誘拐されました。一ヶ月後、解放された生徒の中にエスター だけがいませんでした。キリストを否定しなかったからです。キリスト信仰のために迫害される人々について読んだ私たちの心は強く揺さぶられ、何かしたいと思いました。でも一体、何ができるでしょう。
人生の試練を理解する
友人の父が、がんと診断されました。彼は、抗がん剤治療の最中、キリストを信じる決心をし、病気の進行が止まりました。ところが18か月後、さらに悪い状態で再発。彼と妻は、この事態に戸惑いましたが、神を信頼する信仰は揺るぎませんでした。神が支えてくださったことを覚えていたからです。