チャリティー・アイランド
チャリティー・アイランドは、ミシガン州のヒューロン湖にあるサギノー湾で最も大きな島です。この島には昔から、領域を航行する船舶のための灯台があり、また安全な港もありました。船乗りたちは、この島が神の愛によってそこにあると信じ、この島を 「チャリティー・アイランド」(神の愛の島)と名付けました。
修繕か交換か?
窓枠が汚くなってきたので、汚れを取り、傷を埋め、紙ヤスリをかけて下地を塗り、奮発して高いペンキを買って塗り直しました。そこそこきれいになりましたが、新調したようには見えません。そう見せたいなら、新品に取り換えるしかありません。
人生の嵐
恐ろしい嵐の話がマルコの福音書にあります。弟子たちがイエスといっしょに舟でガリラヤ湖に出ていくと、激しい突風が起こりました。弟子たちの中には熟練の漁師もいましたが、皆が恐れおののきました(マコ4:37-38)。神はどうなさったのでしょう。この人たちは、直接イエスが選ばれ、イエスにとって最も身近な人たちだったはずです。その上、「さあ、向こう岸へ渡ろう」というイエスの言葉に従ったのです(35節)。それなのになぜ、こんなひどい目に遭わなければならないのでしょう。
フェンスに触るな!
子どもの頃、両親といっしょに曾祖母の家へ遊びに行きました。曾祖母は農場の脇に住んでいて、牛が家の敷地に入らないように、家の周りには電流の通ったフェンスが張られていました。外で遊んでもいいかと尋ねると、よいけれど、フェンスに触れると感電するので気を付けるように言われました。ところが、私はその警告を無視してフェンスに指を触れてしまいました。その瞬間、ビリビリっと電気が走りました。私は、両親の警告は私のためだったと悟ったのです。
イエスが共におられる
誰の人生にも何かしら問題があるものですが、恐ろしい苦難に見舞われる人もいます。ローズは1994年、ルワンダ大虐殺で家族の大半を失いました。ふたりの幼い娘以外、全員が目の前で殺されたのです。寡婦となった多くの女性は貧しい生活を強いられます。ローズもそのひとりでした。しかし、彼女は決してくじけないと心に決めました。ふたりの孤児を引き取り、食費や学費など、5人の家族の必要は、神が必ず満たしてくださると信じました。
応えを待つ
娘は15歳の時に家出をし、3週間以上行方不明でした。それは私たち夫婦にとって人生で一番長い3週間でした。警察に捜索願いを出し、友人たちに助けてもらって、あらゆる場所を探しました。私たちは、絶望しそうな日々を過ごす中で、祈って神を待つことの大切さを学びました。万策尽き、神に頼るしかなかったのです。
険しい道
釣り仲間が、ある湖の話をしました。ここアイダホ州のジャグハンドル山北壁にあって、うわさによると、大きなカットスロートマスがいるといいます。彼は鉛筆でナプキンに地図を書いてくれました。
皆無事です!
エンデュアランス号は1915年1月、南極沿岸で氷塊に囲まれて座礁しました。アーネスト・シャクルトンを隊長とする探検隊のメンバーは、三隻の救命艇に乗り移って脱出し、エレファント島に漂着しました。しかしここは無人島で、正規の海路から遠く離れています。そこで1916年4月24日、シャクルトンと5人の同伴者は、22人の仲間たちに見送られ、小さな救命ボートで1,300キロほど離れたサウス・ジョージア島を目指しました。これは生還する唯一の望みであり、また大胆な試みでした。何と嬉しいことでしょう。4か月後、船が地平線に現れ、「皆元気か!」と叫ぶシャクルトンの声が聞こえました。その返事は、「皆無事です。皆元気です!」でした。
私が心配することではない
常にあらゆることを心配している人がいました。ところがある日、彼がくつろいで口笛を吹いているので、友だちがどうしたのかと尋ねました。すると、人にお金を払って心配をしてもらうことにしたと言います。いくら払うのかと問うと、週に20万円とのこと。「そんなに払えるの?」と言うと、「無理だよ。でもそれは彼が心配することだから」と答えました。