きまりが悪い時
パトカーの回転灯が回っていたので、交通違反の車が道路わきに止められていることに気づきました。違反キップの綴りを手に警察官がパトカーに戻っていったとき、その車の運転席で、きまり悪そうに途方に暮れているドライバーが見えました。彼女は知り合いに気づかれるのを恐れてか、顔を手で覆っていました。それを見て、自らの過ちとその報いを人目にさらされるのは、実にきまり悪いものだと改めて気づきました。
赦すこと、赦されること
多くの人は、「赦し」とは、無条件の恩赦を与えることであり、相手を愛するためには赦さなければならないと思っています。一方で、「赦し」は憤激や遺恨から自分を解放する手段なので、自分のために赦しなさいと言う人もいます。ところが、これらの「赦し」は、決して肯定的な結果を生んでいません。「赦し」は、クリスチャン生活で最も誤解されている教えです。聖書は、「赦し」について、どう語っているのでしょう。この冊子から学んでみませんか。(A6版 48ページ)
大災難日誌
イヴ・コンガールが10歳になったばかりのころ、第一次世界大戦が始まりました。ドイツ軍がフランスに侵攻し、彼の住んでいた町は占領されました。そんなとき母は、日記をつけてはどうかとイヴに勧めました。この日記は結果として、ドイツ軍占領下にあった町の生活をカラースケッチと物語でつづる、分かりやすい戦時記録になりました。彼の日記は、子どもの目で見た大災難の記録です。この体験は彼に大きな影響を与えました。イヴ・コンガールは、自分は神に召されており、キリストの希望をみんなに届けなければならない、と感じるようになりました。
父のことばを覚えていた
ジム・デビッドソンはレーニア山を下山中、スノー・ブリッジが崩れてクレバス(氷の壁のひび割れ)に落ちました。暗い氷の壁の狭間に傷だらけで立っていると、子どもの頃の思い出がよみがえってきました。逆境に負けずに突き進めば、大きなことを達成できると、何度も語ってくれた父親のことです。その言葉がその後の5時間、ジムを支えました。不十分な装備で切り立つ氷の壁を這い上がり、暗黒の世界から生還したのです。
岩
夫婦でマサチューセッツ州に旅行したとき、米国の象徴ともいえるプリマスロックを訪ねました。ここは、メイフラワー号に乗って1620年にアメリカ大陸にやってきたイギリス人入植者たちが、初めの一歩を印した場所だと言われています。私たちは、その重要性をよく味わって感謝しましたが、同時に、それがあまりにも小さいことに驚き、がっかりしました。長年の侵食と観光客が岩を削り取って持ち帰るため、もともとの大きさの3分の1なってしまったのだそうです。
ふたつの勝利
またもや、あの人たちが攻めてきました。昔、まだ若い羊飼いだった頃、ダビデはペリシテ人の最強戦士だったゴリヤテと戦いました。石投げを使って戦い、巨人ゴリヤテを絶命させました(Ⅰサム17章)。今やダビデは、イスラエルの王です。ペリシテ人は、ダビデが王になったと聞きました。そこで彼の命をねらって、またもやイスラエルに攻め込んできたのです(Ⅱサム5:17)。
すべてに定まった時期
米国のフォーク・ロック・バンドのバーズは、1960年代に「ターン・ターン・ターン」という歌をヒットさせました。この歌はビルボードのヒットチャートの首位まで登り、世界中で流行しました。人々はこの歌の歌詞に魅了されたようですが、おもしろいことに、それは最後の一行を除いては、旧約聖書の「伝道者の書」のみことばでした。
良い行いへの報い
私たちの教会では、子どもたちは、良い行いをするとカードをもらいます。良い選択をすると褒美をもらいます。彼らはカードや褒美を集めています。私たちの教会は、子どもたちの悪い行いに注目するのではなく、良い行いに目を向けるようにしています。
壁を飛びこえなさい
リチャード・カークランド軍曹は、アメリカの南北戦争(1861-1865)で南部連合の兵士でした。北軍がフレデリックスバーグの戦いでメアリーズハイツの突破に失敗し、中間地帯に大勢の負傷兵が取り残された際、カークランドは、敵兵を救援する許可を求めました。そして、水筒を持って石垣を乗り越え、倒れている兵士のそばに身をかがめ、手を差し伸べました。カークランドは、「メアリーズハイツの天使」と呼ばれました。生命の危険を冒して、敵兵たちにキリストのあわれみを示しました。