月別: 2017年8月

まばゆいばかりの神の美

オーストラリアのロードハウ島は、透き通った海と白い砂のパラダイスです。数年前に訪れ、その美しさに圧倒されました。ここでは海ガメやヒラアジのような光る魚と一緒に泳ぐことができます。オトメベラがネオンサインのように輝きながら漂っていきます。サンゴ礁には鮮やかなオレンジ色のクマノミや私の手にキスしようと勢いよくやってくる黄色い縞のチョウチョウウオがたわむれています。私はこの壮麗な光景に神をあがめずにはいられませんでした。使徒パウロは、神の本性は素晴らしい自然の中に垣間見えると語りましたが(ロマ1:20)、私はこの驚くべき美の中に神の力とご性質の片鱗を見たのです。

きれいにされる

食器洗い機を開けると、どうしたことでしょう。きれいなお皿ではなく、粉まみれの食器が並んでいます。水道に問題が発生したのでしょうか。それとも食器洗い機が壊れたのかしら。

御霊の実が溢れる

隣の家との仕切りのフェンスにブドウの蔓が巻きついて上っていき、大きな房をつけます。庭には紫色のプラムやふっくらとしたオレンジのぶら下がる木があります。私たち夫婦は農作業をしませんが、隣の夫婦が収穫を分けてくれます。彼らは丹精込めて作物を育て、収穫の分け前で私たちを喜ばせてくれます。

心を配る

ジョン・ニュートンは次のように書きました。「もし帰宅の途中、半ペニーを落とした子がいて、私が弁償してあげることでその子の涙を拭えたのなら、私は自分が何かを成したと思います。もっと大きなことをして喜ぶことも重要でしょうが、このことも軽んじはしません。」

熱心に捜す

娘が高校のクロスカントリー部に所属しているので、毎週土曜日には家族で沿道に立って応援します。選手たちはゴールするとチームメイトやコーチ、親たちといっしょになろうと歩き出しますが、多くの場合、300人以上がごちゃごちゃと行きかうので、その中からひとりを見つけるのは大変です。しかし、私たちは応援に来た唯一の選手、我が最愛の娘を抱きしめてあげたくて、群衆をかき分け、夢中になって彼女を捜します。

蛇と三輪車

私は子どもの頃をガーナで過ごしましたが、兄が三輪車を小さな毒蛇の上に止めたという当時の出来事をくり返し話してきました。私の記憶の中で、蛇は前輪の下敷きになって静かにしていました。しかし、当時のことを記した母の叔母に宛てた手紙が、ふたりが亡くなってから出てきました。実は、蛇に三輪車で乗り上げたのは私で、兄は走って母に知らせに行ったのです。その出来事を詳しく記した母の目撃証言によって真相が明らかになりました。

誘惑に負ける

姪にしつこく誘われて、2016年の夏、ポケモンGOをしました。これはスマホのカメラを使って「ポケモン」という名前の小さな生き物を捕まえるゲームです。スマホの画面の中に「ポケモン」が現れると、同時に紅白のボールも現れます。そこでプレイヤーは、このボールを指ではじいて「ポケモン」に当てて捕えるのですが、わなを使って「ポケモン」の注意をそらすと、それを捕まえるのが容易になります。

他の人を顧みる

ハイメは巨大な多国籍企業で働いています。新入社員の頃、社内で人が話しかけてきました。彼は相手の質問に答えると名前を尋ねました。すると「リッチです」とのこと。ハイメは「初めましてリッチ。それであなたの仕事は?」と尋ねました。すると彼は「この会社のオーナーです」と答えたのです。ハイメはハッとしました。この飾り気のない人が、世界有数の富豪のひとりでした。

暗闇の歌姫

聖書のみことば:ルカ1:67-80

日の出がいと高き所からわれらを訪れ、—ルカ1:78

夜明け前、小鳥のさえずりを聞いて、日の出が近いことを知ります。今は暗くても、輝く太陽がすぐに昇ると分かっています。

ファニー・クロスビーは「暗闇の歌姫」と呼ばれていました。幼くして視力を失いましたが、霊性溢れる多くの賛美歌、特にイエスとの再会に想いを馳せる数々の歌を書きました。彼女は子どもの頃、天国の光景を夢で見ました。そして、それをテーマにして多くの作品を書きました。生涯で8千曲以上作詞しました。今日でも「罪とがを赦され」(新聖歌266)や「おお御神をほめまつれ」(新聖歌18)などがよく歌われています。

ザカリヤは、救い主を期待しつつ神をたたえましたが、そのとき、霊的な意味での夜明けを待っていました。彼は、マラキ書4章2節を引用して、「日の出がいと高き所からわれらを訪れ、暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く」と語りました(ルカ1:78-79)。

救い主は来てくださり、私たちの罪のために死なれました。そして、死からよみがえり、天にのぼり、再臨されることを約束されました。

今は暗い状況の中にいると感じていても、御子にまみえる明るい未来を思って、神を賛美しましょう。クロスビーが愛した「罪とがを赦され 神の子となりたる わが魂の喜び 比べ得るものなし」の歌詞は、あなたを勇気づけ、キリストと再会する栄えあるその日を、楽しみにさせてくれます。

クリスチャンならば、地上の暗い悲しみは、いつの日か天国の明るい歌声に変えられる。